この記事は約 2 分で読めます。

40歳女性の不妊ブログ25 「力になれなくて申し訳ない…」

Pocket

過去の妊活ブログはこちら
【40歳の妊活ブログ】

病院を出る時に、主人に結果を報告しようかと思いましたが何だか気持ちがワサワサして、整理がつかなかったのでメールで「結果と今後の展開」をざっくりと連絡しました。その日は、そのまま仕事へ行きましたが結局、終始上の空。

動くとお腹が重くて、響くような痛み…体に申し訳ない気持ちがしました。

夜、主人に病院でのことを話すと、答えは私と同じで「転院」でした。もし転院先で無理だ…と言われたら、その時またどうするか考えよう。そう決断しました。決断を病院に伝え、紹介状の作成をお願いしました。先生が頭を下げていました。

紹介状は2週間後。

卵巣嚢腫から1年経過していました。あまり真正面から向き合っていると心が疲れるから…なんて思っていましたがこの一年、寝ても覚めてもそのことばかり、だからといって結果が出ているわけでもない。少しスタンスを変えなければ、次を乗り越える時には心が空っぽになってしまうんじゃないかと、不安でした。

紹介状を受け取ってから、気分転換に旅行へ出かけました。でも旅行へ出かけても、楽しいけど結局

「これが終わったら、また山があるのかも…」
「次来るときは、3人になってるのかな…」

そんな事が頭をふっとよぎる時間がありました。でも考え方としては、先に道がある…その先には望む景色があるんだ…そう思っていたので、辛さはなかったです。転院先に向かったのはそれから3か月後…治療から離れてる時間は長くなればなるほど、心が楽になっていき治療中は前向きではなるものの、気持ちの負担は大きいのかな…と感じました。

転院先は大学病院でした。
手術した病院の本院です。

規模がかなり大きくここで世話になるにはかなりの重病…と勝手に思い込んでいた病院です。入ったのも近くで見たのも初めて駐車場・患者・警備員・医療事務員・診療科、どれをとっても規模が大きくてここで出来なきゃどこ行ったって出来ない…的なプレッシャーです。

初診受付には、同じように紹介状を持った色々な年代の方が待っています。どこの受付にも「待つ人」があふれていて、時間との闘いも必要となることを表していました。初診受付が終わったのが、書類を提出してから1時間弱。診療科へはエスカレーターで向かいます。

エスカレーターで上がっていくときも、様々な科でたくさんの患者さんが待ちくたびれた様子でいました。

40歳女性の不妊ブログ25 「力になれなくて申し訳ない…」へコメントをする

※メールアドレスは公開されません。