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みんなの妊活中から妊娠初期の体験談

妊活を励んでいるあなたにとって、先の見えない妊娠までの道のりで本当にこんなので妊娠するのとか、妊娠したときの症状はどんなの感じなのとか、妊娠に向けてみんなどんなことをしているのかとか、すごく疑問になっているんではないでしょうか。

ストレスもたまりますし、不安もあると思います。少しでも気が楽になればと思い、妊娠された方たちがどんな事を妊活中に行っていたのか、妊娠初期の症状などについての体験談をまとめました。

ぜひ、確認していただき、少しでも励みになればと思います。

もくじ

40歳、156cm、44キロ、平熱35度代と低めの私が妊娠した方法

私は元々生理痛がひどく子宮内膜症で卵巣に嚢腫があり婦人科に通っていました。

25歳で結婚後、フルタイムの仕事をしていたので、しばらく子供は作らないと決めていたものの、28歳の時にそろそろ子供が欲しいと思って、子作りを始めましたがなかなか妊娠しませんでした。

第一子の話

妊娠の知識がなかったので、ネットで調べて婦人体温計を購入し、基礎体温を測り始めました。毎日、寝起きに口に婦人体温計を入れて測り、体温をグラフにしていくものでした。基礎体温を測ると排卵日がわかるというのですが、私は体温が低いため、排卵日の体温の上昇が弱くわかりにくかったです。それで、レディデイという排卵日チェッカーも使いました。

レディデイ neo

私が30歳までは子供は作らないと言っていたので、義母と実母にはうるさく言われなかったのは唯一の救いでしたね。身内には言われなくても、会社の同僚が立て続けに妊娠したので、会社では子供まだ?と言われて辛かったです。

29歳で不妊治療で有名な札幌の神谷レディースクリニックに、思い切って診察を受けに行きました。以前通っていた婦人科では不妊治療をしていなかったことと、会社の先輩達が、子供がなかなかできなかった時に、最後は神谷レディースクリックで子供を授かったと話を聞いていたからです。

診察の結果、子宮内膜症や卵巣に嚢腫があると子供は出来にくいとのこと。すぐに不妊検査とタイミング療法を始めました。その後は卵巣嚢腫を手術し、人工授精を3回しましたが、妊娠しませんでした。

人工授精は排卵日に、クリニックで注射器みたいなもので膣内に洗浄した精子を挿入してもらうだけ。診察台に上がって医師に注射器で挿入してもらった後は、腰に枕を当てて少し休みます。排卵日近くになるとクリニックで血液検査やエコーで診察をして、指定された日に夫の精子を提出しなきゃいけないので、夫が仕事の時は、精子を採取したカップを持っていきました。何度も通院するのも仕事しながらは大変でしたね。

生理が来るとまた、ダメだった、、と目の前が真っ暗になるような絶望感がありました。医師からは早めに体外受精に進んだ方が良いと言われ、30歳の時、体外受精を受けました。

体外受精では、卵子をたくさん採取できるように自宅で排卵誘発剤を毎日、下腹部に注射しなければいけませんでした。注射器を扱うのは初めての経験で、しかも注射が怖い私には辛い作業でした。排卵する前にクリニックで卵巣から卵子を採取するのですが、チクチクして少し痛かったですが、11個も採取できて一安心。

提出した夫の精子と受精させて受精卵が出来るのを電話で確認していきました。その後、クリニックで受精卵を私の子宮内に挿入してもらいました。モニターを見ながら、子宮内に受精卵が入っていくのを見ると感極まりましたね。しばらくベッドで安静にし、祈るように帰りました。

体外受精は自治体から助成がありますが、高額な費用がかかるので何度もできないと思い、願掛けすることに。
夫婦で子宝神社の諏訪神社に行き、子授けお守りを買っていつも持ち歩きました。

諏訪神社

風水も取り入れ、寝具をピンクにして妊娠効果をアップ。ザクロの写真を印刷し枕の下に入れて寝るようにしました。葉酸サプリを飲み、体が冷えないように暖かい飲み物にしてお酒も辞め、いつでも赤ちゃんを迎えられるように体調管理をしました。

願掛けや体調管理のおかげか体外受精でなんと妊娠反応!

妊娠してからは、高温期が続くため体が暑く、頭が痛く、お腹が張るような感じがしました。お腹が空くと胃がムカムカして気分が悪くなるので、職場におにぎりと暖かい飲み物を持っていきました。

コーヒーや紅茶が好きだったので、妊娠後はたんぽぽコーヒーやノンカフェインコーヒー、ハーブティを生活の木で購入して飲みました。

第1子はこのように初めての体外受精で授かり、次も体外受精すれば簡単に妊娠できるはずだと思っていたのですが、想定外の展開が待っていました。

次は第2子の妊娠のお話

第1子の体外受精の時に凍結保存していた受精卵が3個あり、次の妊娠も体外受精でと決めていたので、3年後にまた受精卵の胚移植をすることにしました。簡単に着床するだろうと安易に考えていたところ、1個目の卵では妊娠せず、風邪気味だったせいかも、と少し体調を整えてから、2個目の卵を戻しました。が、また2個目も着床せず。

医師からは、子宮膜が薄いからか、着床障害かもしれないと言われ、ショック過ぎて、最後の3個目の卵でもダメだったらどうしようとマイナス思考になっていました。とうとうやってきた最後の3個目。

結果は僅かな妊娠反応あるものの、血液検査の数値が低く化学流産という悲しい結果に終わりました。お金も時間も気力も使い果たして、抜け殻のようになった私は、しばらく妊娠から離れてみることにしました。

意を決して、大事に保管していたベビー用品を処分!
もう子供はできないんだ!と腹をくくったんです!

その翌週、なんか生理が遅れている。。。いや、エッチしたのは排卵日じゃなかったし、この私が自然妊娠なんてあり得ない!
また数日しても生理が来ず、まだ体温が高く、胃がムカムカして頭が痛い。。。薬を飲みたいけど、不安だから、念のために妊娠検査薬を買ってみる。

なんと妊娠反応が!

驚いてすぐ近くにある産婦人科に診察に行き、妊娠が確定!夫は驚いて喜び、実母は疑っていました(笑)

医師から自然妊娠は5%の確率だと言われていた私が、自然妊娠できるなんて夢みたいでした!医学に助けられた妊娠と、医学では解明できない妊娠の両方を体験しました。



年齢23歳、体重49kg。妊娠する前は接客業の私が妊娠した方法

私がしたこと

はじめまして。私の年齢は23歳、体重49kgです。仕事は主婦業ですが、妊娠する前は接客業として夕方までの出勤で残業無しの仕事をしていました。私は主人と「子供が欲しいね」とずっと行って今ました。今は「ラルーン」や「ルナルナ」などのアプリもありますから、生理開始日と終了日を忘れずにつけていました。私の生理の週周期はだいたい29日です。

もう一つは規則正しい生活をこころがけること。とても単純ですが、健康な体でいることが一番だと思いました。

頑張っていたダイエットを辞めて、しっかり3食食べる、睡眠はしっかりとる、そして運動をする。私は仕事が終わってから毎日40分ほど走り、雨の日は近所の公民館に無料で開設されていたジムに行ってランニングをしていました。それを半年続けたころ、アプリのカレンダーにのっている「生理予定日」ピッタリに生理が始まることが増えました。もうそろそろいけるのではないかと思い、排卵予定日付近に子供を作りました。

排卵日が近づくと、体調管理が大事になってきますのでなるべく体を冷やさない(温かい飲み物を飲むようにする。夏:冷房に当たり過ぎない。冬:冷やさないように体のパーツはなるべく隠しておく)。朝はいつもどおり起きて8時半に出勤。

17時半に終わって家に帰ってランニング(40分)。晩御飯を食べてお風呂も入って、寝る前に子供を作っていました。中に出すのでその後歩いたりして精子が流れ落ちてくると勿体無い!と感じるためで、寝ている間はずっと滞在してくれる気がしていました。ちなみにこれはあくまで私の意見です。

妊娠から生まれるまで

子供を作り初めてから3ヶ月ほど経ったころ、ある日仕事に行くと朝までは普通だったのに急に体がだるくなり立つのもしんどくなりました。今までに無い寒気や体の火照りもあり、仕事を早退させてもらうことになりました。自分では生理前だと分かっていましたが、明らかに今までとは違う体調の変化にもしかして?と期待しました。

妊娠検査薬は、通常生理予定日より2週間後でないと正確な反応が出ないと言いますが、私は待っていられず試してみることに…。(使っていたのは p-CHECK・Sです)トイレに入ってドキドキしながらすると、生理2日前にもかかわらず、一瞬で陽性反応が!

驚いて唖然としましたが、念願の赤ちゃんができたと思うと嬉しくて涙が出てきました。主人に報告をして、1週間基礎体温を測っていましたが下がらなかったので主人と産婦人科に行きました。尿検査もして診察室に呼ばれ、先生からの「おめでとうございます」を貰いました!生まれてくるのを楽しみに待っていましたが、”悪阻”が特に酷かった私は3ヶ月目~6ヶ月目まで毎日嘔吐していました。

食べて無くても寝ているだけでも吐き気が催して頭痛に襲われて外に出るのが怖くなりました。周りの友人はみんな悪阻が終わった時期にもまだ続いていたのでそのことに関してはもう生まれるまで吐くんじゃないかと思っていました。しかし、両家顔合わせで外に出た7ヶ月目からは嘘のようにつわりが治まって外に出れるようになりました。

もとから外の空気を吸えば気分転換になっていたのかなと後から後悔していました。気持ちの問題もあるかもしれませんね。5ヶ月目からは胎動を感じることが出来て、それは月日が流れるごとにリアルな胎動になっていきました。ポコっと感じていたものがグニョ~ンとお腹を蹴られる感覚に「早く会いたいな」と愛おしさが倍増するばかりでした。

順調に成長し、予定日を過ぎましたが破水してから11時間には我が子に会えました。疲れきっていた私は生まれた瞬間涙することはなく、「はぁ~終わった!」の気持ちが強かったです。しかし、録画していた出産動画を見返すと今でも泣けてきます。本当に幸せな瞬間でした。

・こんな人も・・・

私の友人(女性)に、子供が欲しくてもなかなか出来ず悩んでいる子が居ました。
生理がくるたびにショックで泣いていたと言います。2年ほど経ったとき、夫婦で病院に行ったときにようやく原因が分かりました。ずっと苦しんでいた友人の体ではなく、旦那さん側が子供が出来にくい体質だったのです。

しかし、治療すれば改善されることもあります。そこで治療を受け続け、今は子供を授かっています。

もし、子供が出来なくで落ち込んでいる方は自分ばかりを責めないで下さい。あなたに異常が無ければパートナーにも病院で診てもらうように話してみてください。言いにくいかもしれませんが、話し合わなければ子供は授かれません。

後は、もし原因が分かってもお互いを責めず、事実を受け止めてがんばって乗り越えましょう!
諦めなければかならず努力は報われます。愛しい我が子に会えるまで頑張りましょう。





普通体型、28歳の私が妊娠するためにしたこと

結婚してはや1年、当時私は28歳で普通体型、周りはベビーラッシュ。満を持して妊娠解禁していたにも関わらず、化学流産を含め1度も妊娠にかすっていない私は正直焦っていました。なぜなら、昔母親に「子供って、どれくらいでできるの?」と聞いたとき「ん~。3カ月くらいかな?」と小学校低学年の娘に向かってコウノトリさんが運んでくるのよ~などの神話ではなく、真面目に回答されたことが幼かった私にとって衝撃的であり今でも鮮明に記憶に残っていたからです。

また、日本産婦人科学会の発表で不妊期間の定義が2年間から1年間に変更されたという知識をたまたまネットサーフィン中に得ていたからでもあります。1年たったのにまだ妊娠できていないという事実と向き合うことに漠然と不安を感じていました。

引用サイト:日本産婦人科学会

「不妊かもしれない、妊娠できないかもしれない」という大きな不安と向き合っていくために、まずは自己流で排卵日の特定とタイミングを合わせることから私の妊活が本格始動しました。

自己流タイミング法に付き合う旦那―基礎体温と排卵検査薬―

妊娠するためには、排卵日付近に性交渉することが大切、それならば自己流でタイミング法をやってみようと考え奮闘しました。すでに1年分書き溜めていた基礎体温グラフと通販で購入したドューテストの排卵検査薬を武器に旦那をセックスに誘う自分、毎月生理日予測アプリ「ルナルナ」通りきっちりやってくる生理に落ち込む日々、夫婦の頑張りも虚しくすぐに結果がでる「楽しい妊活」とは程遠い「厳しい現実的な妊活」に疲れるのは時間の問題でした。

学生時代から長年付き合っていて、性交渉に対してもともと淡泊な旦那は私が「20代のうちに妊娠出産をしたい」という希望をもっていたことを理解してくれていたので、積極的に行動してくれました。

しかし、日々の仕事で疲れている共働き夫婦にとって徐々に体力的にしんどいと感じてしまうようになっていきました。夫婦の営みというよりは完全に作業化していました。基礎体温グラフは高温期と低温期14日ずつ綺麗にわかれているし、排卵検査薬も濃淡で反応しているのに妊娠しない。

なぜだ?自己流タイミング法を始めてから半年もすると妊娠できないストレスだけでなく、セックスをしなければいけないという強迫観念のようなものにもとらわれてしまい、よりストレスを蓄積するという結果をも招いてしまいました。事実、ストレスは妊娠を妨げる要因のひとつになります。

ここで、現在妊活で思うような結果がでない人に伝えたいのが「疲れたら精神的に落ち着くために、お休み期間を設けるのも大切な妊活の1つ」とういことです。環境や年齢の事情があるかもしれませんが、一息ついてほしいです。

引用サイト:たまGoo!義務的なセックスはNG!妊娠しやすいセックスとはどんな感じ?

私の場合、夫や義理の両親も私たち夫婦の子供はまだか?といったプレッシャーをあたえてくる人ではなかったですが、職場のおば様たちからの子供まだなの?攻撃は激しくしんどかったです。こういう時は聞き流し、業務に集中してください。楽になります。

サプリと妊娠―受精卵の着床率を上げる作戦ー

妊活を開始してから1年半。私たち夫婦は自己流タイミングをやめて、不妊治療専門のクリニックを受診しAIH(人工受精)をするようになっていました。AIHを始めてから、生理予定日に何度か妊娠検査薬が薄く陽性反応を示す化学流産を経験しました。そうです、理由は様々ですが、受精卵が着床しかけたけどダメだったパターンです。

5回目のAIHにむけて、「妊娠する為には受精卵が卵管を移動して子宮へ着床し細胞分裂をしていく必要がある、そのためには何をすればよいのか」を考え、「妊娠 着床 サプリ」とWEB検索をするとたくさんのサイトがでてきました。

まず私の目に留まったのが葉酸でした。「葉酸の摂取は細胞分裂に良い影響を与える」私は早速ドラッグストアでDear-Naturaの鉄・葉酸を購入し、摂取するようになりました。

引用サイト:厚生労働省

そして迎えた5回目のAIHの判定日。その朝はいつものPMSのような倦怠感があり、生理がきてから高温期から低温期へと移行する私の基礎体温は高温期のままでした。いつもと同じでした。しかし、いつもとは1点異なりました。「吐き気」です。実際に吐く程ではないけれど、匂いがきつい場所などに行くとオエっとするようになっていました。当時は特に気にしていませんでしたが結果、妊娠していました。これが私の超初期症状です。

妊活に悩んで疲れを感じたら適度にお休みをとること、自己流で結果がでなかったら不妊治療専門のクリニックへ夫婦で行くこと、どれも踏み出すには様々な感情と向き合う勇気が必要になります。でも一歩踏み出すことで前進することができます。次はあなたの番です!





のんびり妻に焦る夫!子供が欲しい夫婦が取った行動とは?

36歳でゴールイン、あまり先の事を考えずに幸せな新婚生活を満喫して気づけば38才になって私に、夫が言いにくそうに一言「もう、時間ないよ・・・・」。自分の年齢を意識せず、アラフォーでも出産している有名人の話を聞いて、自分も大丈夫だと根拠のない自信を持っていました。

しかし、子供が欲しかった夫が、さまざまな情報を収集して、妊活の必要性を私に訴えたのです。
私はもともとスポーツを趣味にして、175cmの長身70kgのガッチリ体型で、持ち前のバイタリティーと体育会系のノリで男性社員と肩を並べて仕事をしていました。

あまりにも子供に関する知識が無い妻は、まず雑誌の「たまひよ」を購入して子供の居る生活をイメージするようにしました。次に実際に妊娠する為に「たまひよ」を参考にしながら実践してみました。

自分と赤ちゃんのために「食事」が大事なんですね。

もともとマラソンを趣味にしていて20~30kmを走る大会に出ていたので、食生活には気を使っていました。1日3食 根菜系や肉類をバランス良く摂るよう心掛けて、体力を維持しています。

20代の頃にまったく食事に気を使わないで出た大会では、後半ぼろぼろになり最後はやっとの思いでゴールした経験があります。また、このころ生理不順にもなっていました。食生活を改善した翌年からの同じ大会はタイムも良くなり、ゴールしても余裕がありました。

妊娠しやすい身体を作る為に、普段の食習慣から注意して改善していきましょう。妊娠しやすい体を作るのも、健康的な体を作るのも、普段の食事が基本になってきます。妊活に良い食べ物、妊活に良い食習慣をご紹介いたします。

妊娠するために!一日三食、バランスの取れた食事をする
妊活中には1日3食バランスの取れた食事をする
一日三食、バランスの取れた食事をする

妊活中には、妊娠するために必要な栄養素も大切ですが、基本的な、1日3食バランスの取れた規則正い食事をするという事が最も大切な食習慣になります。食習慣を整えるだけで、ホルモンのバランスも整うことがあります。

「妊活.Com」より

ストレスを発散しました!

職場では頑張り過ぎてストレスを溜める日々でしたが、妊活と言うよりは生活を楽しむ為に、夫と共通の趣味でストレス解消をしていました。
それは、サッカー観戦とバー巡りで美味しいウィスキーを飲む事です。サッカー観戦では、声が枯れるくらい大きな声で応援、バーではお酒の勉強をしつつ美味しいウィスキーを堪能する等、非日常での特別な時間を楽しみました。

妊活を頑張り続けても、結果が出ないとストレスに…。ストレスの蓄積は妊娠力低下の大きな要因。リラックスする時間を持つなど、意識して気分を変えてみましょう。生理が来るたびに落ち込んだり、親や子どものいる友人からのプレッシャーを感じたり。妊活中に感じるストレスは相当なもの。実は、ストレスを溜めるとホルモンバランスが乱れ、心の疲れに加えて、子宮や卵巣の元気もなくなってしまいます。これは脳の視床下部が女性ホルモンの命令を出し、卵巣に伝えてホルモン分泌をコントロールしているから。「ストレスは妊娠力に影響」と考え、ストレスケアをうまく日常に取り入れましょう。

「妊活応援なび」より

結果!妊活3ヶ月で妊娠判明

妊活を始めて1週間後とその翌月も生理が来ていたので、まだ妊娠していないなと思いました。妊活から2ヶ月後には、体がやたら疲れやすく、胃腸の調子が悪くなり、定期的にマッサージに通わないと職場に行けないような状態になりました。

妊娠といえば、ドラマなどでご飯を前に口をおさえるシーンを想像していたのですが、ご飯はいつも美味しく食べることができていて、妊娠検査キットでも反応が出てなかったのですが、妊活3ケ月後の病院受診で妊娠が確認されました。

症状は個人差があります。参考として読んで下さい。

着床出血が出る場合もあります。知り予定日より1周間くらい早く2〜3日間の出血がある場合がありますので、生理と勘違いする方もいます。

茶色いおりもの

風邪に似た症状がある(体がだるい、熱っぽい、寒気など)

つわりに似た症状(ムカムカして気分がすぐれない)

生理前に似た症状(眠い、頭痛、腰が痛い)

妊娠の兆候を感じても、市販の妊娠検査薬では正しい結果が出ない場合も多い

「妊活.Com」より

結果的には、妊活してすぐに妊娠しましたが、健康の為に、知らず知らずに努力した日々の積み重ねが、妊娠に繋がったように思います。
妊娠までに利用したアイテム

妊活当時に使用していたアイテムを紹介します。排卵検査薬「ドゥーテスト・LH ロート製薬」
基本的に自分の基礎体温や体調から予想される日に使用しました。

携帯サイト「e-妊娠」
当時は携帯を使用していたので、このサイトで気になるところをチェックして確認していました。
排卵や生理周期などを入力しておおよその次の日程が出るので便利です。
利用していた時よりも妊活している人向けの項目が増えているので、心構えなど参考になりそうです。

タイミング法と人工授精と体外受精を経て妊娠

今から10年前、まだ妊活という言葉がない頃でしたが、「赤ちゃんを産む」という目標をかかげて 数年間頑張りました。
その経験をお伝えすることで 、妊娠・出産を希望されている方のお役に少しでも立てれば、と思います。

私は元々生理不順で、時々不正出血もありました。しかし、婦人科でも特に何かの病気との診断はされなかったことと、生理が年に8~10回ほどで面倒くさくなくて楽だったことで、楽観して過ごしていました。30歳で結婚してからも、何となく3年目で出産すればいいや、などと考えるだけで特に何もしていませんでしたが、婦人科受診の際に「基礎体温をつけると体調の変化に気づきやすい」と言われていたので、水銀式の体温計と基礎体温表を購入し、基礎体温の記録はしていました。

グラフは低温期高温期などもなくガタガタでしたが、生理がないわけではないし、と特に気に留めませんでした。ただ、生理不順は相変わらずだったので、体質改善をしようと栄養学の講座を受けて、まずは意識して水を飲むようにしました。良質の水分が全身をめぐることで代謝が上がるのだそうです。それから、オーガニックのサプリメントブランドを見つけ、マルチサプリメントをとるようになると、それまで35度台だった平熱が36度台になりました。

平熱が上がると免疫力アップだけでなく、健康的な妊娠が期待できると思いました。結婚2年目、妊娠を少し意識し始めたころ、出産した友人から『赤ちゃんがほしい』の本を譲ってもらい妊娠するための情報誌があることを初めて知りました。

赤ちゃんは、ほしいと思えばいつでもできるもの、と思っていたのですが、私の一つ年下のその友人はなかなか出来なくて悩んでいたと聞き驚きました。自分には当てはまらないと思っていたからです。

ところが、結婚3年目になり1年待ってみましたが、全く妊娠の兆候はありません。夫にも「子供はまだいらない」などと言われ、一人で悩んでいました。女性ホルモンのバランスのためには大豆イソフラボンがいいと聞き、大豆由来のプロテインを飲むようにしました。

それでも基礎体温のグラフは変わりませんでした。本には『34歳を過ぎると一気に妊娠率が下がる』と書かれていて、そのリミットが近づいたことで、婦人科で不妊相談をすることにしました。大人だけが通うような産科のない女医先生のクリニックにしました。

医師には、ほしくなくてもできる人が多いのに、ここまで妊娠できないということは『不妊』です、と言われ、積極的に治療に挑むことに決めました。今から10年前ですので、不妊の原因は女性側だけという誤解がまだ多かったのですが、男性側と半々いうことも教えてもらいました。

通院を機会に、両方の両親にも隠さず伝えました。結婚から4年、両親たちから孫の催促などもなく、気を使ってもらっていたことも知りました。
義母も実は昔、無事に出産できるまでかなり大変だったことなども教えてもらいました。私が自然妊娠できていたら知らないでいたことだったかもしれません。

みんな公開しないだけで、いろいろつらい体験をしている人も多いのだ、と身内の経験を知ったことで実感しました。絶対に妊娠してみせる、とは思いつつ、あまり気負いすぎずにゆっくりいこう、と決めました。まずは、自分の体の検査と血液検査、夫の血液検査と精液検査をしました。

私の場合は、卵巣にも子宮にも卵管にも、特に病気や筋腫は見られず、ホルモンの分泌異常だけがわかりました。治療がスタートしました。

最初はタイミング療法です。

飲み薬で排卵を誘発し、排卵直前に性交し自然に待つ、というものです。

尿検査で陽性反応が出ました。初回で妊娠できるなんてラッキーだったな、と有頂天になっていましたが、2日後から出血が始まり、7週目で流産と確定されました。その後、間をあけながら3度のタイミング療法を試みましたが、陽性反応は出ませんでした。

治療は次の段階へ移ります。AIH、人工授精です。

排卵誘発の服薬をしながら、今度は精子を医療の力で子宮へ流し込み、その後は自然に待つ、というものです。2度目の挑戦で妊娠の陽性反応が出ましたが、これも長く続かず6週目で流産となりました。流産が3度になると『不育症』と診断されるそうで、高プロラクテン症ではありませんでしたが、医師の勧めで漢方薬の”柴苓湯”をのみ始めました。

その後、1年近くかけて人工授精を5度行いましたが、全て結果は陰性でした。その頃には、街中や電車などで見かける妊婦さんや赤ちゃん連れに、とても過敏になってしまっていました。流産も悲しい出来事だったのですが、それよりも妊娠(着床)にも至らずに生理が来てしまった時の落ち込み方はひどかったです。

それでもできるだけひとりで抱え込まないように、夫にもその時の気持ちを話し、母たちにも治療のたびに連絡を取り報告していました。それでも家でひとりきりになると、悲しみがこみあげてきて泣くことも多かったのですが、結婚当初から飼っているペットの犬に癒してもらいました。

ペットの力はとても大きいです。それから、結婚前から通っている習い事も続けていたことで気分転嫁できました。更に、そこの友人とも不妊治療仲間になったことで、情報を共有し合えたし、治療を辞めずに続けようと頑張れました。結局、AIHでは目標達成がいつになるかわからず、先の見えないトンネルの中にいる状態でしたので、治療を次の段階へ移すことにしました。

体外受精です。

それまで通っていたクリニックでできる治療はAIHまで。本や新聞やインターネットで、不妊治療専門で実績のある病院を探し、
妊娠率県1位の所に決めました。それから、それまで勤めていた仕事を辞めました。

事務職で、通勤時間も仕事中も大人だけ。治療代も稼げるし、治療のことを忘れて過ごせるとてもよい時間でしたが、今度の治療は、日にちや時間を拘束されるものでしたので、退職して治療に専念することにしました。

病院が変わったことで、気持ちも新たになりました。妊娠が継続できる体づくりのためにも、葉酸、鉄分、亜鉛、マグネシウムとカルシウム、ベータカロチン、DHA・EPAなど、サプリメントも活用して栄養は意識してとりました。

犬の散歩にも頻繁に出かけ、常に穏やかに過ごせるように心がけました。新しい病院で、改めて検査を行い、夫や実家のサポートを受け、1回目の体外受精に挑みました。妊娠判定までの数日間、ドキドキでした。

陽性反応が出ました。

判定の用紙をもらった帰り道にはさっそく『たまごクラブ』の雑誌を買って有頂天でしたが、1週間もせずに流産となり、また妊娠を継続させることができませんでした。これで『不妊症』に加えて『不育症』とも診断されたことになります。しかし、ここまで来たらあきらめたくない、と、治療を続け、飲み薬や頻繁に行う注射で、痛いのもすっかり慣れっこになり、通院と治療を楽しみました。

36歳を過ぎて、服薬期間が長期になったからか、流産を繰り返したからか、年齢的なものなのかはわかりませんでしたが、卵巣の状態もあまり良くなく、治療も停滞しました。その後2度の体外受精のあと、採卵してすぐではなく、受精卵を凍結して1か月卵巣を休めてからおなかに戻す治療(移植)することになりました。

すると今度は妊娠成功。ホルモンの数値も良い状態が続き、9週目、初めて心拍の確認ができました。それでも出産までは油断できません。
とにかくゆったりと毎日過ごすことにしていました。

つわりがすぐに始まりました。それまで大好きだったコーヒーは、匂いを嗅ぐだけでもダメになり、ストレスなくカフェインを控えることができました。ココアやカフェインレスのお茶を飲むようにしていましたが、出産後に「チョコレートやココアに含まれるカフェインは結構多い」と知り、かなりのショックを受けました。

食事も食べられる時と食べられない時と波がありましたので、食事の時間にこだわらず、ちょこちょこ食べるようにしました。一日中とにかく胃が不調で、水やお茶も飲み難いときは炭酸水や甘さ控えめの炭酸飲料を飲みました。胎児の脳や神経が形成されるのは妊娠がわかってから数週間ということで、奇形や発育不良がないように、また頭の良い子になってほしいと、サプリメントの活用は欠かしませんでした。

また、風邪薬や目薬など、薬の服用はしたくなかったので、体調管理にも気を使いました。副作用を心配して悩みましたが、春の出産予定で妊娠中がインフルエンザの流行時期でしたので、予防接種も妊娠中期になってからですが受けました。

外出するときは常にマスクをし、人が密集する場所は出来るだけ避けました。保育園や学校で流行りの病気などがあってうつりたくないので、マンション内に子供が少ない時間帯に出掛けるようにしたり、電車のつり革やエレベーターのボタンは除菌シートで拭いていました。

今思えば過敏すぎたかもしれませんが、出来る予防はしよう、と頑張りました。おかげで元気に過ごせました。それから、本もいろいろ購入しました。妊娠出産大事典のような厚い本や、有名人の体験記、良い赤ちゃんを産むための本も、今の自分の時期はここと同じだからー、などと、じっくり読み込みました。

本をゆっくり読めるのは、一人目妊娠の特権です。
あとは、とにかくよく寝ました。
あんなにベッドで長時間過ごしたのは、
一人目妊娠中が最初で最後だと思います。
ゆっくりを満喫できて本当に良かったです。

そして、神経質に過ごした妊娠初期が終わり、戌の日に水天宮へお参りに行ったとき、これまで頑張った数年間が報われたと、本当に晴れやかな気分でした。一人目出産が37歳で高齢になりましたが、生まれてみるととても元気な赤ちゃんで、赤ちゃんに関する心配はほとんどありませんでした。妊娠までが大変だったので、赤ちゃんがそうしてくれたんだね、などとみんなで話しています。

妊娠出産を考えている方へ。

まずは自分の体のことを知ってほしいこと。結婚してすぐの早いうちに、自分の体のことだけでも調べて理解しておくと良い、と思います。それと、不調があったら一人で悩まずにパートナーや親、友人に話してみることをお勧めします。

また、今は学校のクラスに一人や二人は、体外受精で生まれた子がいるので、年齢や病気などで自然妊娠が少し難しいと思える方は、高度医療に頼るのも手だと思います。





夜間勤務で夫とすれ違い生活、痩せすぎ虚弱体質の私でも妊娠?

妊娠したい、でも虚弱体質の私。

晩婚化していると言われる今日、私もようやく28歳で結婚。ずっと子どもは二人欲しいと希望していました。結婚後、ホテル業に携わっていた私は、夜間勤務もあり、不規則な生活から、常に寝不足で食生活も乱れていました。もちろん、そんな生活をしていたので、夫と顔を合わせることも少なく、一体いつになったら妊娠できるのかと悩んでいました。その上、私は身長163㎝で体重が46kg、子どもの頃から自律神経失調に悩まされてきた虚弱体質。痩せすぎの女性は、妊娠しにくく、リスクもかなり高いそうなのです。

1.妊娠時、適切な体重増加ができない(低出生体重児を産むリスクが高まる)
2.骨密度も低い傾向にある
3.子宮内膜症の発症リスクが高まる
4.妊娠までの期間がかかってしまう(正常体型の女性に比べ、約4倍)
5.隠れ貧血のリスクが高まる

ミキハウス出産準備サイト

避妊ピルを長年服用後も妊娠できる?

私は妊娠するまで、10年近く避妊ピルを服用していました。避妊ピルを服用していた後は妊娠しにくいのではないかと不安でした。半年に一度、避妊ピルを処方してもらうため、婦人科に通っていたので、妊娠希望であると医師に伝えると、体に問題はないし、避妊ピルをやめたらすぐ妊娠は可能なので、心配はいらないと言われました。それと同時に、妊娠前から葉酸サプリを摂るように言われました。調べてみると、葉酸サプリにもいろいろ種類があって、私はDHAとEPAが配合された葉酸サプリを服用することにしました。

今、健康志向の方に注目されているのがDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)です。最近の研究で生まれてくる赤ちゃんの知覚力、認知力、記憶力など脳の発育をよくすると言われています。また妊娠中に摂取すると早産のリスクが低くなるという研究データもあります。

DHA&EPA入りの葉酸サプリでおすすめは?

非協力的な夫。妊娠するにはどうしたらいいの?

結婚から既に4年が経過。私が妊娠を希望し、避妊ピルをやめると言った時、夫は動揺していました。神経質で心配性なところがあるし、子どもがいる生活が想像できないようで、あまり賛成ではないようでした。それでも私は子どもがどうしても欲しかったので、どうしたら、夫にあまり子づくりを意識させずに妊娠できるか対策を練りました。

妊娠について考えるまでは、排卵のしくみや妊娠しやすい時期について全くの無知でした。排卵日がいつなのか知りたいと思い、排卵アプリを使い始めました。もちろん、夫には内緒です。私が使ったのは、「生理日・妊娠・排卵日カレンダー」というもの。基礎体温を記録できるし、排卵日もこれまでの生理周期から予測でき、グラフも見やすくて便利です。ただ、私は生理周期も乱れていたので、なかなか夫となかよしした日と妊娠しやすい日が合いませんでした。排卵日数日前が妊娠する可能性が高いそうなのです。

よく誤解されていますが、「1番妊娠しやすい日=排卵日」ではありません。排卵日は月に1度しか来ませんし、卵子の寿命は24時間しかありません。しかも厳密に受精可能な時間は6時間から8時間程度しかありません。要するに排卵が起こり始めてから8時間以内に精子を受精しなければなりませんが、精子の寿命は卵子より長く、2日から3日は持ちます。

「この日かな??」と狙いをつけた排卵予想日の2~3日前こそ、1番妊娠しやすい日です。排卵日当日を狙ったつもりでも、予想が外れてしまうことも多いので早めに女性の体内で精子をスタンバイさせることが重要です。もちろん性行為の回数を増やすことでぐっと妊娠しやすくなるので、排卵日を中心に、集中的に性行為を行いましょう。

マイナビウーマン子育て

とはいうものの、仕事の都合や体調などが合わないし、突然夫を誘ったらきっと警戒してしまいますよね。なので、時間が合う時は、何気なくお風呂上りに下着を取りに行くふりして夫の前を素通りしたり、褒めてみたり、機嫌がよさそうな時にボディータッチをしたり、ありとあらゆる手を尽くして誘いました(笑)。

妊娠しやすくするために

生理周期が乱れて排卵日が特定しづらかったため、おりものの様子にも気をつけました。福さん式と呼ばれる、自分で内診することで子宮口やおりものの様子を調べる方法も試してみました。初めはとても難しかったのですが、排卵日近くになると柔らかくなる子宮口の様子や、比較的伸びるおりものが出る様子などが分かるようになりました。生理周期が乱れがちで、タイミングを計るのが難しい方にはとてもお勧めです。

それから性行為後は、なるべくそのまま横になっているようにしました。その方が流れ出るのを抑えられるし、精神的にも落ち着けると思ったためです。

体温を上げて妊活力アップ!

基礎体温をつけてみると、平均体温が36.0℃と低めであることが判明。体温を高めるために、寝不足の解消、常温以下の冷たい飲み物は飲まない、暖かい服装に気をつけることにしました。飲み物は、婦人病や月経不順などに効果があると言われているレディースマントルティーの他、ノンカフェインのルイボスティーや黒豆茶をよく飲みました。

基礎体温をつけ始めて気づいたことは、低温期と高温期の2層に分かれず、ずっと低温期が続く月があることです。無排卵である可能性があるのではと心配しましたが、毎月ではなさそうなので、しばらく様子を見ることにしました。

ついに妊娠!

避妊ピルを飲まなくなってから10ヶ月、2週間以上高温期が続き、もしかして妊娠?と思い始めました。それまでの10ヶ月、妊娠していないか毎月ドキドキしながら何度も妊娠検査薬を試していました。妊娠検査薬は、1回200円もしない安いワンステップの妊娠検査薬を試し、陽性反応が出たら念を押すためにクリアブルーのデジタル妊娠検査薬を使用しました。

妊娠したかもしれないと思った症状には、ほてりを感じ、胸の張り、股関節の軽い痛みがありました。それ以外には全く妊娠初期症状がなく、もしかして流産したのではないかと常に心配していましたが、妊娠は継続、無事に3000gを超える男児を出産できました。妊娠中も体重が6、7kgしか増えなかったので心配していましたが、子どもは健康そのものでした。

二人目はいつ?

夫は相変わらず育児に消極的ですが、私は子どもが可愛くて2人目が早く欲しいなと思い始めました。完全母乳で育てていたので、産後1年以上経過しても生理は来ませんでした。子どもがあまりに夜中何度も起きるので、断乳すると1ヶ月で生理が来て、それから予想外にあっという間に妊娠。

生理が不規則で、なかよしした日を考えると、排卵がかなり遅れていたようです。胸も全く張らなかったので妊娠にすぐ気付きませんでした。ただ、突如下痢をした日が時々あり、吐き気もあったので、おかしいなと思いましたが、今思えば妊娠初期症状だったのだと思います。毎回違うのですね。

私の場合は、体質改善のためにできる限りの事をして、婦人科に定期的に通い、タイミングをアプリで意識することで妊娠しやすくなったのだと思います。妊娠したいと希望している方には、ぜひ前向きにいろんな方法を試して欲しいです。

タイミング法と卵管造影検査の同時進行にて妊娠しました!

30代後半で一度流産を経験してから、なかなか次の妊娠ができずにいました。市販の排卵検査薬を購入し、基礎体温を毎朝測定した上で、排卵すると思われる日の前後2~3日のタイミングにあわせるようにしてみたものの、1年経っても一向に妊娠することができず・・。

30代後半という事もあり、周りからも「赤ちゃんはまだなの?」「そろそろ一人位は子供を産んだ方がいいね。」などの心無い一言に幾度となく傷つきました。実際、妊娠をするという事がここまで難しい事とは思っていませんでした。

妊娠にまつわる様々な雑誌を読み、インターネットでも調べたりしてみて、目にした情報は全て試してみました。身体を冷やすのは良くないと知り、出来るだけ子宮を冷やさない為に起きてから寝るまでの間はガードルを履いてみたり、家にいる時は腰から下に常にひざ掛けをかけるようにしてみたり・・。

妊娠しやすい身体を作りたくて、適度な運動も必要と知り、毎日30分以上は歩くようにして思いつく限りのありとあらゆる方法を取り入れていました。

また、藁にも縋る思いで、地元で有名な子宝に恵まれる神社にも出かけた程です。しかし頑張っても空振りばかり・・。どうしたらいいのだろう?

いざ!産婦人科を受診

悩んだあげく、最後の手段として産婦人科を受診してみる事にしました。受診した産婦人科の先生がとても良い先生で、私の年齢を聞いても決して妊娠がしにくい等の言葉を言わず、「深く考え込まないで、まずはタイミング法からやっていきましょうね!」の言葉を聞き、何というか、肩の荷がすっと下りた気分になりました。

専門家である先生がこう言う位だから、焦らずに先生に任せてみようと思えたのです。おかげでそれまでずっと胸に重くのしかかっていた「子供が欲しいのに妊娠することができない」という私の不安を取り除いてくれました。初めの3ヶ月程は、先生と打ち合わせをして、排卵日辺りの3~4日間、病院に通院をして排卵をしているかどうかを調べてもらいました。
いわゆるタイミング法というやつです。

排卵検査の方は1回辺り2000円の費用がかかります。毎月3~4回は通院しながら検査をしていたので、大体ひと月辺り6000~8000円の検査代が必要でした。たしかに、決して安い検査代ではないです。

しかし、ここで初めて気がついたのですが、それまでに市販の排卵検査薬と基礎体温にて自分自身で排卵日を予測していたものと、病院で伝えられる排卵日とは少し違っていたことでした。多少高い検査代になったとしても、正確な排卵日を知る事ができて良かったと思いました。

初めの3ヶ月はそのままタイミング法のみで様子を見ていた先生でしたが、私の年齢が30代後半という事もあり、悠長に構えている時間はないと思ったのでしょう。

「一度、卵管造影検査をしてみませんか?」

と勧められました。

「検査自体はかなり痛いですよ。でも、調べてみたら、子宮の管の通りがどの程度かも知る事ができるし、それなりに痛みの分の価値はありますよ。」との事だったので、迷わずにお願いすることにしました。私の通院していた病院では、卵管造影検査が8000円でした。安くもなく高くもない金額かと思います。

そして先生から聞いていたとおり、検査自体はやはりとても痛かったです。途中、先生と看護師さんに励まされながら、無事に検査を終える事が出来ました。でも、これで妊娠へと一歩でも近づけたら・・の思いのみで挑みました。

卵管造影検査後のタイミング法の結果は・・

卵管造影検査を行った直後の1回目のタイミング法で、妊娠に至りました。それまでは生理予定日前日までは、37度1分と期待のできる体温であったものが、生理予定日の朝にはカクンと36度5分程まで下がり、「今回もダメだったか・・」の基礎体温でした。

しかし、妊娠をした際には生理予定日を過ぎても37度を超しており、常に37度2分~37度4分の間の体温を維持したまま下がることはありませんでした。また生理予定日を3日程過ぎたあたりから、とても甘い匂いのおりものが大量に出始めました。生理前にあるおりものとの決定的な違いは、とても甘い匂いの真っ白なおりものだったという事です。

普段生理前のおりものの場合は、そのような匂いはなかったので、ん?なんだろう??と思ったのが印象的でした。それと同時に、胸に少し手が触れただけでも痛い、ブラジャーを外しただけでジンジンした痛みがするといった状態になりました。妊娠していない時との特徴的な違いがこのようにたくさんありましたが、それでももし妊娠していなかったらと思うとショックだったので、生理予定日を1週間過ぎるまでは、あえて市販の妊娠検査薬も使用せず、病院へも受診をしませんでした。

そして生理予定日を1週間過ぎた時に初めて、市販の検査薬にて検査をしました。検査開始早々、すぐに陽性の所に印がついた時には、心から神様に感謝しました。私の場合、年齢的な事もあり、30代で妊娠をできない場合は諦めようと考えておりましたので、まさに、ぎりぎりのタイミングでの懐妊となりました。

産婦人科の方を受診すると、先生と看護師さんが、自分のことのように喜んでくれました。あの時の「おめでとうございます!!」の一言は今でも耳に残っております。先生のお話でも、「卵管造影検査の後は、卵管のつまりがとれたりすることが多くて、検査から6ヶ月位の間は妊娠しやすい人もいるからね!」との事でした。

その期間をゴールデン期間と呼ぶそうです。私の他にも、同じような方法で妊娠をされた方の記事も見かけました。現在妊娠5ヶ月の36歳です。私も今年の7月に卵管造影検査を受け、異常なしと診断されました。

そしてすぐ妊娠しました!

医師ではないので、何故異常なしだったのにすぐ妊娠できたか、正確な理由は分かりませんが、検査中、造影剤の流れがゆっくりに見えたので、少しつまりがあって、それを造影剤が通りを良くしてくれたのかな?と、勝手に解釈してます。

このように、私以外の方でも卵管造影検査後に妊娠をされる方を多く見かけました。私の経験、ならびに、こちらの記事をみて頂いてもお分かり頂けるかと思いますが、多少なりとも卵管造影検査とタイミング法での妊娠は十分に期待ができるかと思います。

検査自体の痛みを我慢しなければなりませんが、少しでもこの方法で妊娠をできる人が増えてくれれば・・少しでも以前の自分と同じ悩みを抱いた方の参考になれればいいなぁと思います。

私が妊娠するまでの道のり

結婚して避妊をしなければ、妊娠なんてすぐに出来るだろうと考えていました。けれど、毎月狂いなくやってくる生理に泣かされ続ける日々でした。今回は私が妊娠するまでの道のりをご紹介したいと思います。

1.自己紹介

私が妊娠を意識しだしたのが27歳の時です。旦那は31歳、妊活をスタートするのに早すぎず遅すぎず、平均的な年齢でした。身長は155㎝、体重は45㎏、フルタイムの事務職として働きながらの妊活です。

2.妊活期間は約1年

妊活期間は約1年です。私自身1年の妊活は本当に長かったなと思います。毎月排卵日付近には神経質になり、生理予定日近くになると落ち着きがなくなる。焦りとプレッシャーで本当にストレスでした。それでもたったの1年です。1年を過ぎると何らかの妊娠に至らない原因があることが考えられます。

3.妊娠した月の初期症状は体温以外“特になし”

妊娠すると、初期症状として気持ち悪さやお腹がチクチクするなど妊娠していない時にはなかった症状を感じるようになり妊娠したのかも?と思う人が多いようです。しかし、私はこのような症状が一切ありませんでした。気持ち悪さも全くなくモリモリ食事を食べる事が出来ていましたし、お腹のチクチクや違和感もありませんでした。

ただ唯一、いつもと違ったのが基礎体温の高さです。いつもは生理予定日の3日前程から徐々に基礎体温が下がっていくはずなのに、39度近くに上昇し、そのまま高温を維持したまま生理予定日を迎えました。

4.妊娠に至るまでの葛藤

妊娠に1年という時間がかかるだなんて全く思ってもいませんでした。毎月毎月生理が来るたびに不妊症なのではないか、一度病院に行った方が良いのではないか?でも、問題があったらどうしよう‥そんなこと考えながら1日中過ごしたことも多々あります。

妊活の中でも、最もストレスになったのが、夫婦生活です。

元々私たち夫婦はフルタイムで仕事をしており、忙しい毎日を送っていました。朝から夜遅くまで仕事をこなし、帰宅すれば食事の用意をしたり洗濯や掃除もしなくてはいけません。そんな中での排卵日を狙っての夫婦生活に疲れとプレッシャーを感じる様になり、いつしか「作業」の様になってしまいました。月に一度の排卵日を絶対に逃したくないという思いと、今日はそんな気にはなれないという夫の思いから喧嘩になったことも多々あります。

このままではいけないと、話し合いをしました。結果、病院でタイミングを見てもらいながら、赤ちゃんが来てくれる日をのんびり待とうと決めたのです。

5.病院のタイミング療法で得た安心感

自己流の妊活ではなかなか妊娠に至らないので、病院でタイミング療法をスタートすることにしました。不妊専門の病院ではありませんでしたが、より正確な排卵の予測とタイミング指導をしてもらえるのでこれまでとは違った安心感がありました。

病院に行くということは、なかなかハードルが高いようなイメージですが、まずは相談だけという気持ちで行ってみると良いですよ。

.6我が家の排卵日付近の行動

排卵日付近になると、私の病院通いがスタートし、排卵チェックを行っていきます。医師の指導では、排卵日だけピンポイントで夫婦生活をするのではなく、排卵日付近に1日おきの間隔で夫婦生活をとることを意識しています。

7.病院への相談は、早すぎても良い

妊活をスタートしてから病院に出向くまでは、1年、2年と時間が掛かってしまう人も多いです。しかし、妊娠に対して不安を抱えた時点で病院へ相談しに行くことは良いことだと思います。それが1カ月でも2カ月でも早すぎるから行きにくいなと思うのではなく、むしろ妊娠への近道となると思います。

8.妊活中にはルイボスティーを飲んでいました

ルイボスティーという飲み物を妊活中に初めて知りました。温かい飲み物を飲むことで体を温める事も出来ますし、妊娠しやすい体作りのサポートも期待出来ます。ルイボスティーを飲めば必ず妊娠するという事はありませんが、妊娠力アップへの1つだと思って飲んでみてはいかがでしょうか。

ルイボスティーは、独特なニオイと味に最初は飲みにくいと感じるかもしれません。しかし、少しずつ飲み続けると気にならなくなって普段飲むお茶の感覚で飲めるようになりますよ!

最後に

妊娠は奇跡だと言っても過言ではありません。妊活を続けている夫婦に焦らず気長にと言われてもそれはおそらく難しいことでしょう。ですが、妊娠の為の小さな努力は常に心がけることが大切です。可愛い赤ちゃんが授かれますように祈っています!



子宮筋腫をもつ私が妊娠した話

結婚前、婦人科を受診した際に子宮筋腫があることを知らされました。良性の腫瘍とのことでしたが「筋腫の場所によっては妊娠しづらいこともある」と説明されました。それにより「もしかして自分は妊娠しづらい体なのかも」と思い始めるようになりました。

第一子の妊活(妊活期間:1年3か月)

初めての妊活時、私は26歳でした。身長は155cm、体重は45kg、平日の朝から夕方まで事務の仕事をしていました。子宮筋腫があることでネガティブになっていた私は、まず婦人科に通い不妊検査を受けました。結果は問題なし。それからは毎朝基礎体温を測り、月に一度タイミング療法を行うことになりました。この頃、周りの友人たちから次々と妊娠報告をうけ、焦りや不安でかなり情緒不安定になっていました。

排卵検査薬を使ってみる

基礎体温をつけて婦人科に通い、タイミング療法を行うも上手くいかず落ち込む日々を繰り返していたある日、排卵検査薬というものを知りました。卵検査薬は婦人科で指示された日にちの前後3日に使用しました。起床後しばらく時間をおいたときに黄体ホルモンが生成されるため、検査時間は朝10時以降がよいとされているそうですが、私の場合は朝から仕事をしていたため起床後の同じ時間に毎日検査をしていました。使用した検査薬に日付を記入し、少しずつ濃くなる検査結果を見てタイミングを計りました。

子宝祈願に行ってみる

妊活を初めて1年後、私たち夫婦は気分転換もかねて旅行へ行きました。そこでせっかくだからと子宝祈願で有名な「鈴虫寺」に行き二人で“赤ちゃんがやってきてくれますように”とお詣りしました。もともと信仰心が強いとかそういうたぐいのものはない私ですが、このお詣り後、気持ちが楽になり前向きに妊活をしていこうと思えるようになりました。

やっぱり体を温めることは大事だった

実はかなりの冷え性だったのですが、妊活中特に意識して体を温めたりはしていませんでした。それどころか、冷たいものをガブガブ飲んだりアイスを食べたりしていました。体を温めなくてもタイミングさえ合えば妊娠できると思っていたからです。そんな生活を続けていたある日、私は急性胃腸炎になってしまったのです。時期は7月でまさに夏真っ盛りというときでした。

胃腸炎になってしまった私は、体調回復のため1日中腹巻をし、冷たいものは一切とらず温かいお茶を飲む生活を送っていました。お茶はルイボスティーがよいと聞いたので、常に温かいルイボスティーを飲んでいました。実はこの体を徹底的に温めた月に私は妊娠をしたのです!

もしかして妊娠したかも?!

排卵検査薬を使用して3か月後。排卵日から数日たった日、いままでにはなかった気だるさと胃がムカムカする感じがありました。この時、妊娠したかもしれないと直感的に感じたのを覚えています。私の場合、基礎体温やおりもの等はいつもと同じでした。

第二子を授かって気づいた妊活に大切なこと

第一子の妊娠に苦労した私ですが、なんと第二子は一回目の仲良しで授かることができました。一人目であんなに頑張ってもなかなか妊娠できなかった私たちはただただ驚きました。実は、そろそろ二人目が欲しいなと考えたとき、多分すぐには授かれないし本腰を入れる前にゆっくり夫婦生活を楽しもうとなりました。するとなんと妊娠が発覚!基礎体温も計っていなければ排卵検査薬も使っていませんでした。

一人目の妊活は子宮筋腫のこともあり、いつも焦りや不安や嫉妬などのネガティブな感情でいることがほとんどでした。毎月生理がきては落ち込み、仕事で疲れて寝てしまう旦那にイライラし、友人の妊娠報告に素直に喜べずに焦り、とてもいい精神状態ではなかったと思います。妊活にとって過度のストレスは禁物です。ストレスをためすぎるとホルモンバランスが乱れ不妊へと繋がることもあります。

一人目の妊娠は排卵検査薬や体を温めることの効果も大きかったと思いますが、気分転換の旅行や子宝祈願が暗い気持ちを楽にしてくれたのだと思います。

妊活をしていて焦りや不安を感じる方は少なくないと思います。人それぞれの体質や生活リズムがあり、こういった体験談も全てが参考になるとは限りません。ただ、体と心が健康でいることは妊娠確立を確実に高めてくれるはずです。どうか暗くならず、たまには肩の力を抜いてみてください。

30歳でよもぎ蒸し、タイミング法で妊娠しました。

現在、私は30歳で妊娠21週を迎えています。タイミング法を行い、1週期目で妊娠することができたので、なかなか妊娠できない方への参考になればと思っています。まず気をつけたことは、冷えについてです。身体を冷やすことは女性の大敵といわれるので、第一に気をつけました。

具体的には、よもぎ蒸しを始めました。よもぎ蒸しは不妊を改善したいと思う方ならば、まず聞く民間療法だと思います。よもぎ蒸しは、もともと韓国が起源とされています。漢方など自然の力でできるだけ身体を改善していきたいと思っていたので、興味がありました。

まずお店に行って体験したところ、身体が軽くなったのを感じました。お店でうけると1回3000円程度かかり、週1回通うとなると12000円。継続的に通うのは難しいと思ったので、自宅でできるセットを20000円弱で購入しました。一般的によもぎ蒸しは、排卵前や生理後などは回数多めに行ったほうがいわれます。

セットを購入したことで、自分の生理周期にあわせてベストなタイミングでよもぎ蒸しをすることができたので、身体づくりに役立ったと思っています。

いざ妊活をはじめて、私の最終生理日は6月1日。排卵予定日は6月末ごろですが、当時の記録を確認してみると、タイミングをとったのは6月10日・11日・13日・15日・16日・18日・20日、です。本当だったら、6月末に頻繁をとるようにするべきなのですが、この月だけなぜか基礎体温が下がり始めるのがはやく、今見返してみると6月14日が一番さがりました。

結果としてやはりこのころに排卵をしていて、妊娠することができたのだと思います。通常の排卵周期よりも早く排卵したのは、冷やさないようにするなど、身体づくりの中でホルモンバランスが整ってきたからでは、といま振り返って思っています。

妊娠がわかったのは、7月13日。前回生理日から40日を超えたのにも関わらず、生理が来る気配が全くありませんでした。体温も下がりませんでしたし、何よりも身体がだるかったです。7月に入ったころから常にだるさを感じていたため、疲れているのかと思い、マッサージやピラティスにも行きましたが全く改善されませんでした。

また、生理前は食欲がいつもでてくるのですが、外食をしても全く食べる気になりませんでした。

そのため、もしかして妊娠しているのでは…?と疑い、検査薬を試したところ、陽性反応でした。検査薬は、生理予定日1週間すぎから使えるものを試しましたが、しっかりと陽性反応の線がでていました。妊娠初期といわれるのはおよそ15週までといわれます。15週は日付でいうと、9月末。妊娠初期は身体がいろいろと変わることを痛感しました。

よく言われることですが、臭いに敏感になりました。ごはんの炊けるにおいは大丈夫でしたが、職場でいろいろな人のお弁当のにおいがつらい時がありました。つぎに、つわりです。特に私の場合は7月、8月、9月と暑い時期で、とてもしんどかったです。いわゆる吐きづわりでも食べづわりでもありませんでしたが、常にのどがつっかえているような気持ち悪さがありました。

私の場合、15週までの間はとくに異常もなく過ごすことができました。つわりは突然なくなる、といいますが私の場合はなんとなく徐々に穏やかになってきたように思います。
それでも妊娠は本当につらいです。どんな人も幸せに過ごせる時期ではないですが、妊娠したからこそわかることもあると思います。

昔に比べれば女性の初産の年齢はかわっていますが、卵子の老化スピードは変わっていません。卵子の老化スピードはかわらないからこそ、年齢を意識しながら、身体を大事にして過ごしてほしいと思います。

男性不妊の私たちが妊娠した方法とは

不妊歴7年32歳で自然妊娠した私の体験談です。妊娠は結果的に稽留流産となってしまいましたが、自然妊娠できたことを嬉しく思っています。男性不妊のため、通院は断念し基礎体温と排卵検査薬でタイミングをとり、夫には精力剤のサプリを服用してもらっていました。

私がしたこと

ルナルナのアプリで基礎体温を測って排卵日を予測していました。同時に外国製の排卵検査薬を使用していました。排卵前、排卵かなぁ、排卵後とタイミングをとっていました。後は、鍼灸に通いました。

冷え性だったので、白湯を飲んだりして胃腸、子宮が冷えないように気を付けました。

夫がしたこと

精力剤のサプリを飲んでもらいました。本当は病院に通院してほしかったのですが、抵抗があったようで断念しました。そこで家で何かできないかと思い、探していたところ【プロキオン】
という精力剤のサプリを見つけました。

飲んですぐに効果は出てきました。お試しがお買い得だったので試したところ、夫の感想がよかったので今でも続けています。持続力がよくなったと思います。

夜の営みが減った私たちが行った夫婦仲がアップした子宝神社やグッズ
京都は鈴虫寺に行きました。

恋愛成就で有名ですが、願いことを叶えてくれることで有名です。お願いをするときは合わせた手の中に「幸福御守」を持ちましょう。心の中でお願い事を唱えたら必ず住所と名前を唱えましょう。わらじをはいたお地蔵さまが叶えに来てくださると言われています。ここで私は妊娠できるように願いました。
(引用元:https://retrip.jp/articles/52384/)

また京都水族館行った帰りにわら天満宮に行きました。

子授けを願ってお守りをかって帰りました。滋賀に遊びに行った際は子宝草を買いました。かなり順調に育っていたのですが、なかなか妊娠しませんでした。

妊娠した5月は奈良の浄願寺行ったのと豊岡でこうのとりキティちゃんを買った時でした。排卵検査薬がなくなって妊活お休みしていた時期に自然妊娠となりました。

かなり嬉しかったです。

まず浄願寺は

その昔、子宝に恵まれなかった文徳天皇(西暦851~859)が当寺を訪れて祈願したところ、めでたく世継(清和天皇)に恵まれたと伝えられるところから、文徳天皇ゆかりの『子授け寺』として今日に受け継がれ、御本尊の阿弥陀如来も上記のような由来から別名『子宝如来』とも呼ばれているそうです。
(引用元:http://www.jouganji.or.jp/

山の中にひっそりとお地蔵様がありました。人もまったくいなくて不安でしたが、ここは効果があると人気のようです。私も自然妊娠できたので、おすすめです。

そして豊岡ではとうのとりキティちゃんを購入しました。

旦那とお揃いでつけていました。くちばしが折れたら妊娠するなどいろんな説はありますが私の場合はなにもなかったです。豊岡で購入したのがよかったのかなと思っています。

やはり一緒にデートして一緒のことを願うと夜の営みをしようと結びつくようです。気分転換にもなるし、デートができると行った点でとても有効な方法だと思っています。

妊娠発覚から稽留流産まで

あれ?生理早いなと思って出血を確認したら、1日で終わってしまいました。調べたところ、着床出血ではないかと疑問を抱き、妊娠検査薬をするとすぐに陽性反応に。

とてもうれしかったです。つわりは眠いづわりがほとんどで吐いたりはしませんでした。
朝はちょっと胃がむかむかするなと思い、ヨーグルトばかり食べていました。

そして妊娠9週で出血。まもなくして子宮の中で赤ちゃんはなくなってしまいました。
残念でしたが、少しでも私のお腹の中に赤ちゃんがきてくれたことは妊活する私たちの励みに今でもなっています。

まとめ

男性不妊で悩んでいる方に少しでもお役にたてばと思い書かせていただきました。
あれから一年まだ赤ちゃんはきていません。35歳までは自然妊娠を目指して頑張りたいと思っています。

不妊治療を経て妊娠体験談

私は38歳で結婚し、すぐに不妊治療を始めました。大きなきっかけとしては、子宮筋腫の定期検診を受けた際、産婦人科の先生から不妊治療を勧められたからです。子宮筋腫、月経周期は不順ではないものの35日前後と若干長め。そして38歳という高齢から、タイミングをとってもすぐには妊娠できる自信がなかったからです。

不妊治療開始!しかし・・・

不妊治療センターに予約を取り、すぐに治療が始められると思っていましたが、最初は血液検査、ホルモン検査だけで数か月かかりました。もちろん、その期間にも先生に超音波検査で、排卵日を確定してもらい、タイミングを取ってみましたが、妊娠できません。

そんな時、私の同級生が次々と妊娠をしたという報告を受け、ショックを隠し切れませんでした。

人工授精を始める

不妊治療を始めて、すぐに私は誕生日を迎え39歳になりました。幼馴染のお姉さんが39歳で人工授精をして、たった1回で成功していたので、私もきっと大丈夫と安易に考え、人工授精に初挑戦したものの、あえなく失敗。先生からも私の年齢では人工授精を何度もするよりは、早めに体外受精にステップアップしたほうがいいと言われました。

また人工授精で、男性の精子を採取するのですが、その際、主人の精子にも問題があることが分かったのです。
最初は、体外受精にあまり乗り気でなかった主人も、これで本格的に体外受精にステップアップすることを決意することが出来ました。

体外受精は正直辛い

体外受精は、女性の身体から卵子を採取(採卵)しなければいけません。正直これが痛いんです。局部麻酔をしているものの、膣の中に針を刺して卵巣から卵胞を取り出す採取は、不快な痛みを伴いました。

数日後、採卵結果を聞きに行くのですが、それが一番緊張しました。痛みに耐えて採卵したのにも関わらず、受精しなかったり、未熟卵のために受精作業すらできなかったという採卵結果を聞くと、大きな悲しみに包まれました。そして不安になりました。この先何度このような思いをしなくてはいけないのだろうかと・・・

しかし、泣いていても仕方がない。夫婦で励まし合い、妊娠しやすい身体づくりを徹底して行いました。基礎代謝を上げるためにウォーキングや水泳、骨盤を治すための整体、冷え性改善のための鍼、質の良い卵子を作るためのサプリなど、ありとあらゆることを試しました。

体外受精4回目

体外受精に失敗しては、次に頑張る。ということの繰り返しでしたし、治療費も3桁に手が届き始めようとしていました。そして4回目の採卵では、取れた卵子が全て未熟卵で、何とか1個は受精卵として凍結出来ましたが、移植はできませんでした。

今まで歯を食いしばって頑張っていましたが、この時ばかりはかなり落ち込み、自然と「里親になるために」などのサイトを検索していました。自分はもう妊娠できないかもと、半ばあきらめかけていたのでした。しかし、主人が「お金のことは心配しなくていいから、納得できるまで治療を続けよう」と言われたとき、あと1回頑張ってみよう。と腹を決めたのです。

体外受精5回目

覚悟を決めた5回目の体外受精。先生のアドバイスを受け、2段階移植に望みました。リスクとしては、2個の受精卵が着床したら、多胎妊娠になってしまう可能性がある。しかし、それでも私は2段階移植にかけたのです。

判定日まで移植をして数日後に、体中に蕁麻疹が出ました。今までに4回移植しましたが、蕁麻疹が出たことは初めてでした。不安になり「着床、蕁麻疹」と検索しても、何も出てきません。

友達から「着床しているんじゃない?」と言われ、私の中で期待が膨らみました。またその数日後、脚の付け根がピキーンと何度も痛みが走りました。

不妊治療患者の多くの人は、ブログを書いています。その人たちによると、「受精卵を移植した数日後、脚の付け根に痛みが走りました。そして妊娠判定をもらいました。」とあるのです。私の中で、ますます期待が膨らみましたが、主人にこのことを伝えてもしまた結果が陰性だった場合、がっかりさせてしまうから、伝えるのはやめておきました。

移植した2日後に蕁麻疹が出て、5日後には脚の付け根に痛みが走り、それは判定日まで続きました。体温はあまり高いとは感じませんでしたが、子宮を冷やすまいと、夏でも腹巻をしていたので、日中身体がポッポと暑かったです。

判定日当日

主人と一緒に結果を聞きに行きました。判定は見事陽性!数値の上でも、全く問題はなく、翌週に胎嚢確認が出来れば、無事に不妊治療センターを卒業できるということになったのです。この陽性判定を頂くまでに、実に1年半の歳月がかかりました。

妊活中に飲んでいたサプリ

高齢のため、卵巣年齢は絶対に高いと勝手に思い込んでいました。検査をしたところで、卵巣年齢は変えられない。でも質の良い卵子を育てなければ、妊娠することはできない。「妊娠力を高める」や「妊娠するために」など、妊活者のために様々なサプリメントは世の中には存在していますが、そんな中私はある製薬会社のサプリメントに出会いました。

ゲンナイ薬品という会社の「プレグル」というサプリメントです。K-1選手の魔裟斗さんと女優の矢沢心さんが、イメージキャラクターになっている会社です。このサプリメントはミトコンドリアで生成されるアミノ酸が、質の良い卵子を作るというものでした。これなら、卵巣を若返らせることが出来ないけど、質のいい卵子が取れるようになるかもしれない。という思いで、このサプリメントを飲み続けました。

http://www.0120460242.com/

妊娠できるまでの道のり

私たち夫婦に子供が出来なかった原因は、男性不妊と私の年齢だと思っています。生理がある以上、妊娠する力は必ずあるはずだと信じて、妊娠に良いと言われることは全て行ってきました。不妊治療は出口のないトンネルだと言われるほど、辛く苦しい治療期間かもしれません。そんな時だからこそ、同じ境遇の友達を作ってみてください。

一番の協力者はもちろん旦那さんですが、妊娠判定の結果が陰性やなかなか治療が思うように進まないときなど、私はその仲間にとても救われました。一緒に頑張っている友達がいるというのは、本当に心強いものです。そして、自分には妊娠できる力があるんだと、自分自身を信じてあげてくださいね。

2ヶ月目で妊娠成功!私が行った体質改善法!

当時、私は31歳シングルマザーでした。小学6年生と5才の息子が2人いて、慌ただしい生活を送っていたので妊活とは無縁の日々。そんな私が妊活を決意したのが、再婚です。今の旦那さんと結婚して、『3人目がほしいね』と、お互い話すうちに、妊娠したい気持ちが強くなっていきました。

身長は157センチで体重は55キロオーバー!立派なぽっちゃりです…。デスクワークの日常なので、肩や首はバキバキに凝っていて、目の疲れもヒドイものでした。さらに、運動を全くしていなかったので、足は毎日むくんでいます。季節関係なく、1年中冷え性でした。

こんな体質だから仕方ないと諦めて『排卵日に夫と性行為すれば妊娠できるだろう!』と安易な気持ちで妊活をスタートしたのです。ルナルナというアプリを使用していたので、排卵日を確認。『今月の27日が排卵日か!じゃあその前後に仲良しすればうまくいくだろう♪』と簡単に考えていました。すぐに妊娠できると思っていた私は、基礎体温も測らず、排卵日に受精することだけを目標にしたのです。

次の生理予定日・・・。あっさりと生理がきてしまい、うそ?何で?上の2人はすぐ妊娠できたのに…と、絶望的な気持ちで身動きが取れないほど落ち込みました。旦那は励ましてくれたけど、それが逆に申し訳なくなり、泣いてばかりいました。

歳も30代、もしかすると妊娠しにくい体になっているのかもしれないと、心の底から焦ったのです。妊娠するために自分の体と向き合い始めたのも、この時からでした。

妊活2ヶ月目で妊娠した方法とは?

妊活を開始して1ヶ月は何もせず。その後1か月間は本格的に体質改善を開始!その結果、フライング検査をしたのにもかかわらず、陽性反応の線を見た時の喜びは今でも忘れられません。実際に、私が妊娠するまでに試した方法をご紹介します。

    ・体を温めることに徹した
    ・サプリメント(マカ)を飲んだ

実は上記の2つだけを徹底していました。詳しくお話しますね。

体を温めるって具体的にどんな方法?

妊娠しやすい子宮について調べたところ、子宮が冷えていると着床しにくいことが分かりました。血液の循環が悪くなって、栄養や酸素が各臓器に運びにくくなるそうです。さらに私は冷え性なので、子宮の状態もあまり良くないことは察しがつきました。

なので外側を温めるために、メディキュットや腹巻きを毎日着用して、温めることにしたのです。今はポケットが付いている腹巻きも販売していて、とても便利です。カイロを入れると、お腹がじんわりして気持ちが良いのですが、夏は暑すぎてオススメできません。ただ…これだけで冷え性が改善するわけではなく、毎日の食生活も見直さなければなりません。

私はコーヒーが大好きで1日に何杯も飲んでいたのですが、回数を減らし、温かいお茶やびわ茶を積極的に飲んでいました。食べ物に関しては、麺類やパンなど、体を冷やす食べ物をなるべく控えて、和食の生活にチェンジ!

和食といっても、毎食キッチリ食べるわけではなく、例えばランチに行ったらパスタじゃなくて、魚系の料理を頼むなど、ストレスを溜めないように工夫しながら食生活を楽んでいましたね。そして、半身浴で体の芯から温まりジワッと汗をかきスッキリします。簡単なストレッチも空いた時間に行い、キツイ時は家じゅうの床拭きをしながら体を動かしていました。

この生活を2週間くらい続けていくと、体が温まりやすくなったので嬉しかったです。

マカを毎日欠かさず飲んでいた

マカは、ミネラルやビタミンが豊富に含まれているので、血の巡りを良くして体温を上げる効果があるとのこと。しかも女性ホルモンのバランスを整えてくれるので、妊活中にマカを飲む女性が増えていることから、妊娠したい私の目標にピッタリのサプリだと思い、マカを毎日飲み続けました。

妊娠してからの初期症状や体温に変化について

私の場合、生理予定日から1週間経ち、妊娠検査薬で陽性だと分かった時点で、特に妊娠の初期症状はありませんでした。その後、妊娠6週目からの初期症状として

    ・微熱が続く
    ・風邪っぽいダルさが続く

私の平熱は36度6分くらいなのですが、この頃の体温は37度前後ありました。風邪を引いたときの症状に似ていましたね。

妊娠8週目以降になると

    ・夕方になると軽い吐き気がくる
    ・とにかく眠い

吐き気が1番キツかったかもしれません。だいたい夕方に吐き気や胸焼けがおそってくるのですが、朝起きてすぐ吐き気に悩まさせることもしばしば。妊娠12週目以降は

    ・とにかくスイカが食べたくて仕方がない
    ・甘いものが食べたい
    ・脂っこい食べ物から遠ざかるようになった

家族が買ってきてくれたスイカをひと口食べたことがキッカケで、どんどん止まらなくなりました。唐揚げなどの脂っこい食べ物は、見ているだけで胃がムカムカしてくるので、この時期は食べなかったです。

妊娠するには体を温めることが大事。そんな事は、妊活中の女性なら当たり前に知っていることかもしれません。ですが、 実践するのとしないのでは、将来大きな差があるんじゃないのかなぁと個人的に思います。

妊活中参考にしたサイト

どちらかというと暑がりで、薄着だったり靴下を嫌ったりするタイプでしたが、妊活を始めてからは腹巻をしたり足首の隠れる靴下を履くようにしたり、下半身を冷やさないようになるべく気を付けていました。あとは、妊活にばかり意識がいってストレスになるのは避けたかったので、頑張りすぎないように時には妊活休養もしていました。

引用元:https://zundare.jp/taiken/mama/vol16.html

『頑張りすぎないように妊活休養』は私も大賛成です!妊娠するためにいろんな事を我慢しすぎると、それがかえってストレスになって血液の流れを詰まらせてしまい、低体温になる原因でもありますからね。

・ショーツを重ね穿きする
・腹巻をする
・レギンス、スパッツをはく(ただし化繊よりもコットンのほうが良い)
・足首にレッグウォーマー、首にはマフラーを巻く
・スチームサウナ・岩盤浴・ホットヨガなど湿度が多い環境で体を温める
・寒いと思ったら、貼るカイロでもよいので、お腹(臍の下)とお尻(仙骨周辺)の両側から温める

引用元:https://www.amoma.jp/column/ninkatsu/exercise/14884.html

体を外側から温めるのに大事なポイントを分かりやすく説明してくれるので参考になります!

終わりに私の場合、妊活期間が短いと思われたかもしれません。ですが、妊娠を希望しているのに生理がきてしまった時の辛さは痛いほどよく分かります。妊娠することって、簡単じゃないんだという経験は今でも宝です。

そして、私が実践してきたのはシンプルです。体を冷やさないための工夫を毎日実践していただけです。いきなり平熱が上がることは無かったのですが、少し動いただけで体がポカポカしたのは大きな収穫でした。ぜひあなたも体を温めることから始めてみませんか?

病気になった私が妊娠するまで

私が妊活を始めたのは結婚してから2年目、ちょうど今から1年半ほど前のことでした。仕事も落ち着き、ようやく自分の中でそろそろ子供を考えてみようかな・・という気が芽生え始め、妊活をスタートすることにしました。当時私は29歳でしたが、主人は9個年上なのであまりのんびりもしていられませんでした。

最初に始めたのは基礎体温を測ることからでした。あとは葉酸がいいということは聞いていたので、ドラッグストアで安い葉酸サプリメントを購入し飲み始めました。初めの頃は自分としても授かれればいいな~ぐらいに思っていたので、そこまで焦りはありませんでした。

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そんな矢先に起きた突然の不幸。孫を一番楽しみにしていた父の急逝です。本当に突然のことで家族全員が落ち込み、その間は妊活もストップしてしまいました。そして、亡くなった父の為にもと妊活を再開させた矢先、更なる災難に襲われることになりました。

自分が突然、大きな病気にかかってしまったのです。どんどん症状が悪化していき遂には入院するまでに。検査の結果分かったのは脊髄の病気ということでした。その頃はすでに両足が麻痺して動けなくなり、寝たきりの生活をしていました。去年の10月のことです。

病気前は身長163センチ体重48キロでしたが、病気になって体重は半月で41キロにまで減り、月経も止まってしまいました。最悪、一生車椅子の生活になることも覚悟してくださいとお医者さんからは言われました。

私が一番に思ったのは子供が授かれない体になってしまうのかな・・・という不安でした。それでも治療とリハビリの甲斐あって、主治医の先生が驚くほどの回復を遂げ何とか自力で歩いて退院できるところまでいきました。

妊娠しやすい体づくり

その間、約5か月間でしたが月経は止まったままでした。やっと退院できて私が目指したのは体重を増やすことでした。月経を再開させる為に、そしてその後妊娠しやすい体作りにも繋がるようにと考えたからです。病気の前よりも体重を増やして、妊娠しやすいといわれているBMIの数値、私は20を目指しました。その為にもたくさん食べ、筋トレなどもしました。

突然、病気に自由を奪われてしまった期間もありましたが、治療の為に薬を飲み続けながれでも子供が授かれることを知り、この体で絶対に赤ちゃんを産みたい!!という思いが強くなりました。

これが私の妊活第2のスタートです。月経も戻り、体調も落ち着いてきたちょうど今年4月頃のことです。

今までのなんとなくやってた妊活ではいけないと思い、妊活たまごクラブを買ってきて読んだり、きちんとした基礎知識を知ろうとインターネットで情報収集したりしました。
※1 たくさんの同じ妊活仲間の方の声が聞ける内容もあったので、励みになりました。基礎体温は変わらず測り続け、それ以外に私が始めたのは白湯を飲んで体を温めるということでした。

妊娠のために私が行ったこと

私は昔から冷え症で、冷えは女の敵!ということは妊活情報を調べていてよく分かったので、それを改善しようと始めました。

これは妊活たまごクラブの「私が妊娠した決め手はコレだった!」というコーナーに載っていたもので、あくまでも体験談ではあったようですが、そこにあったもので他に私が始めたことはルイボスティーを飲むということと、冷え取り靴下を履くということでした。

そして、葉酸サプリメントについても調べてみると物によって効果があまりなかったり製造工程もきちんとしたものでないと信用できないということを知り、とりあえずで安いサプリメントを買っていたことを反省しました。

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きちんとした成分のものを飲まなければ効果がないことを知って、たくさんあるサプリメントを調べて私が飲み始めたのはララリパブリックの葉酸サプリメントです。

※2※3 最初に飲んでいたものと比べると値段は5倍ほどでしたが、成分もきちんとしていて葉酸だけでなく野菜の栄養やカルシウム、亜鉛なども含まれているということなどが決め手となって購入を決めました。

あとは基礎体温を元に、今まで以上にタイミングを合わせる回数を増やして、少しでも妊娠の可能性を高くするということでした。妊活第2章でしたが、今回は自分の思いが強すぎてリセットされる度にショックで泣いていました。

そして31歳の誕生日を迎えた8月、下がらないでくれー!と祈っていた基礎体温が高温をキープし続け、こないでくれー!と思っていた月経が予定日を過ぎてもなかなかこなくて、我慢して待って妊娠検査薬を使った結果、遂に陽性反応が・・・実は、体の変化はびっくりするほど何もなくて、生理前にいつもあった腹痛・腰痛・頭痛が全くなく調子のいい日が続いていたという感じでした。

妊活中の悩みは十人十色だとは思いますが、私には「思いの強さ」や「覚悟」が良い結果に影響したように感じます。授かりたい!という強い気持ちから、情報収集に力を入れ、生活に取り入れたりして自分の気持ちから行動も変わって、体もどんどん変わっていったように思います。

こんなに欲しいと思っているのに何でできないの!?と思っている人もたくさんおられるかと思いますが、その気持ちがなければ妊活を始めることも続けることもできないと思います。是非、授かりたいという気持ちを大切に、前向きに取り組むことを諦めないで欲しいと思います。

参考文献
 妊活たまごクラブ2016-2017(株式会社ベネッセコーポレイション)
参考URL
※1 妊活たまごクラブ
※2 葉酸サプリメント比較サイト
※3 葉酸サプリメント ララリパブリック

不妊治療を経て妊娠できた私の体験談

私は、結婚をしてすぐに子供が欲しいと考えていたので、妊活をスタートさせました。当時、私は28歳。身長166センチ、体重48キロで、会社員として働いていました。お酒はあまり飲みませんし、睡眠時間も確保できており、人よりは健康的な生活ができていると思います。

最初は、スマホのアプリであるルナルナの排卵日予測の通りに夫婦生活を持ってみました。排卵痛を感じることもあり、生理不順でもなかったので、妊娠も問題なくできるだろうと考えていました。

不妊専門のクリニックに通うことになった経緯

しかし、数ヶ月経過しても妊娠に至るということはなく、時間だけが過ぎて行きました。周りが出産ラッシュに入ったこともあり、だんだん焦ってしまいました。特に私の両親が初孫を期待しており、期待に応えなければというプレッシャーも感じていました。

夫は、自然に任せる方向でいたようでしたが、居ても立っても居られなくなったので、婦人科を受診してみることにしました。私が受診していた病院は、銀座のはるねクリニックです。

キッカケは、子宮がん検診でたまたま訪れた際に、不妊治療を専門的に行なっているということを知ったからでした。

病院では、基礎体温を計測しているか聞かれ、していない旨を伝えるとまずはそこから始めなければと言われました。卵胞の状態を確認してもらったところ、その日夫婦生活を持つのが良さそうだとのことで、それを実践しつつ、もしもダメだった場合は基礎体温をつけて、再度受診するように促されました。

仕事も忙しく、なかなか病院に行けなかったので、2カ月ほど経った時に基礎体温表を持って病院に行きました。高温期もハッキリとしていて安定しているので、まずはタイミング法から試すことになりました。基礎体温が下がる頃に、排卵検査薬を使いつつ、更に確実なものにするために卵胞チェックに訪れることになりました。その後は、それの繰り返しです。

人工授精にステップアップ

結局、タイミング法を1年ほど続け、人工授精にステップアップしました。年齢がまだ高齢ではないことと、あらゆる検査で異常がなかったこともあって、ステップアップもすぐにはしませんでした。

夫とは、妊娠に対して温度差があり、ステップアップに関しても何度も話し合いをしました。そこまでして子供はいらないと一点張りでしたが、私の年齢が重なっていく毎にチャンスもなくなると説得しました。夫婦間の話し合いが一番辛かったです。

3回目の人工授精でようやく妊娠に至りました。人工授精決行の日は、毎回会社を休み、朝のうちに夫の精子を採取しタオルにくるんで病院に持って行きました。

診察台で卵胞の状態を確認し、名前を確認され、あっという間に終わるので、何も実感できませんが、その後は生理がくるかどうかドキドキしながら生活をする感じになります。

3回目の人工授精の後は、いつもなら下がるはずの基礎体温が高温のままキープされており、妊娠を予感できました。我慢できずに生理予定日から3日目に妊娠検査薬を使ったところ、反応がありました。

病院に行き、診察をしてもらったところ、胎嚢も確認でき、妊娠が確定しました。心拍確認をする前には、既につわりもはじまっていました。

しかし、念願の妊娠だったこともあり、体調不良も乗り越えることができました。

最後に妊活を振り返って

同じように妊娠できずに悩んでいる方は多いと思います。年齢のことも考えながら、専門のクリニックに行くことが一番の近道なのではないかと思います。

そして、パートナーの理解を得ながら、治療に取り組み、万が一授かることができなかったとしても、夫婦で過ごしていくという結論も受け入れる覚悟が必要だと思います。

浅田レディースクリニックに通い妊娠しました。

近年、妊活宣言をする芸能人など不妊治療をしていることをオープンにする人が増えてきています。私が不妊治療をしていた10年ほど前は、まだまだ不妊治療に対しての理解が少なくタブー視されていたように思います。

主人とは、職場結婚。産休育休取得して復職する女性もおおい職場でしたが、私は子どもができたら退職する意向であることを上司には伝えていました。結婚して、1年2年と経っても妊娠しない私。

上司からも、面談のたびに「いつ、子どもつくるの?」と質問されていました。私が退職すると人員・予算も変わるからなのでしょうが、毎回聞かれても「いつできるかは、分かりません。」としか答えようがありませんでした。

不妊治療を隠すつもりもありませんでしたが、やはり家族や職場の理解を得ることで治療にも前向きに考えられるようになりました。

お互いの両親との距離感

私の叔母(母親の妹)は、子どもができず養子を迎えていました。父方の親族にも、子どもがいない夫婦がいたので子どもができなくてもいいかな・・・と考えたこともありました。

主人の両親は離婚しておりお姑さんもいないので、「孫は、まだか?」みたいなダイレクトな聞き方をされることもありませんでした。主人の弟夫婦に子どもが生まれるたびに、長男の嫁としてはなんとも言えない気持ちにはなりましたが、不妊治療していることは話していたので深くは考えずスルーしていました。

一番気まずかったのは、やはり自分の母親でした。女同士話せる仲ではありましたが、不妊治療の経過をいちいち報告するつもりもなく、自然と距離をおいた時期もありました。

母親は、不妊治療にお金がかかることも心配してくれました。自分の娘が原因で子どもができないのではないかと、主人に申し訳なく思っていたようです。幸いにも、お互いの両親からチクチク言われることもなかったので、自分たちの好きなように不妊治療に取り組めたと思っています。

職場の理解は、自然と得ることができました

正社員の仕事はそれなりにボーナスももらえていたので、私が働けば高額な治療費もなんとかなるだろうと考えていました。結婚してもなかなか子どもができないので、周りの人からはDINKsだと思われていたようです。

たしかに旅行に行ったりもしていましたが、「ボーナスも、好きに使えるからいいね。」なんて言われても、「不妊治療に使っている。」とも言えず苦笑いしたのを覚えています。半期ごとに上司との面談があり、子どもが欲しいことは話していたので、業務や人員配置の関係で部署を異動したこともありました。

でも、保険適用外の治療になり毎月10万円を超える出費も当たり前になってくると、なんとか仕事は続けたいという思いもありました。

33歳で妊娠しましたが、流産という残念な結果になってしまいました。水曜日の朝に不正出血があり、慌てて病院を受診すると流産という診断。このまま出血が治まるまで、自宅で安静にしているようにという指示でした。

職場には妊娠のことを伝えていなかったので、涙がでるのをこらえながら上司に電話。ちょうど、決算の忙しい時期だったので水曜日から日曜日まで休んで、月曜日には出勤することになりました。

今思えば、仕事の忙しさのおかげで流産という悲しみにとらわれ続けることがなかったように思います。この流産は、部署内の一部の人しか話してはいませんでした。

その後、34歳のときに子宮外妊娠で緊急入院手術することになり、1週間仕事を休まなければならなくなりました。この時ばかりは、部署内の人はもちろん人事や取引先の方にも私の不妊治療のことを知られることとなりました。

職場復帰しても、なにかしら周りの人が気遣ってくれることに涙がでそうでした。決して隠していたわけでもありませんでしたが、私の不妊治療は周知されていきました。

職場から車で30分ほどの病院でしたので、仕事帰りや私用外出することで通院していましたが、子宮外妊娠してからは精神的にかなり疲れていました。もうすぐ35歳という焦りと、治療の周期と仕事のルーティンとの兼ね合いで悩むことが増えていました。主人とも相談し、退職して不妊治療に専念することにしました。

嘘はつかず正直に

いざ退職してみると、収入がないのに住民税などなにかと出費がかさみました。失業保険の手続きもしていましたが、貯金は減る一方。時間と気持ちに余裕はできたけど、懐はさみしくなっていました。

通院の隙間時間でバイトができないかと職安で見つけたのが、週2日からというテレフォンオペレーターの仕事でした。子育て中のママさんもおおい職場でしたので、働く女性に理解ある職場だと感じました。

履歴書には、不妊治療に専念するために退職したこと。通院の空き時間で、仕事をしたいことを書きました。「子どもがほしい=すぐ仕事を辞める」と採用されないかもしれないけど、面接でも正直にお話ししました。

テレフォンオペレーターは、シフトを組むので出勤する曜日が決まっているとのことでした。やっぱりだめかと思っていたのですが、別の仕事で2カ月だけ人がほしいということで採用。仕事に来られる日にきてねと、まさかの好条件!

職場の人たちも、私が不妊治療していること、通院で休んだり早退したりすることを理解していてくれました。2カ月採用だったのが1年になり、妊娠7カ月で円満退職させていただきました。

芸能人のようにすべての人に妊活宣言する必要はないと思いますが、黙っていることで誤解されたり自分が辛くなったりするのなら、自分から話すことも必要だと思います。意外と、流産や不妊治療経験されている方もおおいですよ。

産婦人科から、不妊外来専門医へ

子どもは30歳過ぎてからと思っていたのですが、半年たっても妊娠できないことに焦りを感じ市内の産婦人科を受診しました。出産することを前提に選んだ病院だったので、基礎体温の記録やタイミング指導と漢方薬の処方が続きました。

3カ月ほど通院すると、待合で妊婦さんの姿を見るのもつらくなり、知り合いに会うのではないかとビクビクすることにも疲れてきました。

この病院では結果がでないと思い、主人とも相談し不妊外来に通院することにしました。10年以上前になりますが、私が住む岐阜県よりも愛知県(名古屋市)の方が不妊外来専門医も多く、通院も無理なくできることから愛知県春日井市にある浅田レディースクリニックに決めました。

AMHとは(卵巣の予備能を知り治療の可能性を探る検査)

自分なりに基礎体温や排卵日など少しは知識があるように思っていましたが、浅田レディースクリニックではなんの役にも立ちませんでした。エコーで卵胞の発育も見ているので、基礎体温の計測記録も必要なし。

計測することにストレスを感じているのなら、逆効果だとも言われました。記録できる婦人体温計を買って基礎体温を測っていたので、なんだか気が抜けてしまいました。

個人差もありますが、女の子は生まれたときに卵巣の中にある卵子の数が決まっていて、年齢とともに減少していきます。それは、砂時計と同じでいつかはゼロになります。20代だから、30代だから大丈夫という保証はないのです。

20代でも卵子の数が少ない人もいます。そして、年齢とともに卵子の質も悪くなることを考えると、不妊治療の方法は人それぞれ違うのです。

浅田レディースクリニックでは、AMH(アンチミューラリアンホルモン)検査から、卵巣の中に残っている卵子の数(卵巣予備能)を推測し、不妊治療をすすめていきました。卵巣予備能は、不妊治療がいつまでできるかの目安ともなり、妊娠できるかどうかではなく、どんな治療であれば残っている卵子を有効に活用できるのかの判断にも役立ちます。

この検査を受けて、31歳だった私の卵巣の中にもちゃんと卵子が残っていました。毎月生理がくるたびに卵子たちが減少していくのかと思うと、気が重かった生理もなんだか愛おしく思えるようになりました。

浅田レディースクリニック

私の卵子は、育ちが悪かった

顕微授精もできる病院ですが、まずはタイミング指導からはじまりました。白黒のエコー画面を見ても、どこに何が映っているのかも分かりませんでした。しかし、そのうち卵子を計測する画面を見ていると、前回より大きく育っているなぁ…とか、エコーで見る卵子たちが可愛く思えてきました。

通院当初の私の卵子は小さく育ちが悪かったので、排卵しても受精卵になることはなく無排卵の時もあったようです。タイミング指導は3ヶ月ほど続きましたが、その間に飲み薬の種類や注射の回数などを変えながら、私の卵子の育ちもよくなってきました。

飲み薬や注射の副作用なのか、ときどき頭が割れるような頭痛に襲われる時がありました。ピークは、1~2時間程度で何日も続くことはありませんでした。周期前半の副作用なので、2週間ほど我慢すれば大丈夫。3~4年も同じ薬を飲み続けていれば、「あっ、今日ヤバイかも…。」と体調の変化に気づくようになりました。

そんなときは、仕事を休んだり予定をキャンセルして家で寝ていました。起きたら夕方だった、なんてこともよくありました。

育ちが悪い卵子ではいつまでたっても受精卵にはなれませんが、育ちが良い卵子になっても元気な精子と巡り合わなければ受精卵になることができません。浅田レディースクリニックでは、夫婦での治療が前提になっています。

精子の提供者である主人も、年1回 精液検査・血液検査などを受ける必要がありました。

主人の精子の運動率などは標準値を下回ってはいましたが、不妊治療では問題ない数値ではありました。

不妊治療の費用は、やってみないとわからない

卵子も育ってきたので、人工授精へとステップアップ。浅田レディースクリニックでは、料金も明確になってはいますが、診察料や薬剤(飲み薬・注射)は個人で異なります。診察回数や薬剤の種類も増えれば医療費も増えていきます。人工授精をはじめた年は、医療費が38万円ほどになり確定申告で医療費控除しました。

人工授精5回目で、初めて妊娠反応がありましたが胎嚢が確認できず流産となりました。出血が治まるまで、仕事も休んで自宅安静。

先生から「流産したのは残念ですが、妊娠することができたのですから治療は進んでいますよ。」と言われた言葉を励みに、2カ月休養して治療を再開しました。先生からは、顕微授精へのステップアップをすすめられました。

その場では、即答できず主人と相談することにしました。なぜなら、全てが保険適用外となり不妊治療費がいくらになるのか想像もつかなかったからです。

私の場合は、体外受精(クロミフェン採卵・全凍結)し、その後に凍結胚融解胚移植するというもの。凍結胚融解胚移植するときに、少なくとも4~6個の胚が必要でその中から一番いい状態の胚1個を移植します。

私の卵子の育ちが良くなったといっても、毎月確認できる卵子は2~3個程度。採卵時に、細胞が壊れてしまうリスクもあります。採卵を2~3回くり返し凍結胚を増やしてから移植するので、単純に計算しても体外受精費用が2倍3倍になり、1回のチャレンジで少なくとも80万円はかかるのです。

私も正社員として働いていましたが、やはり100万円近い出費は大きく、いつまで続くのかいつまで続けられるのか不安に感じていました。この先、2度3度とチャレンジすれば200万300万とあっという間に預貯金も無くなってしまいます。そして、子どもができず不妊治療をあきらめた時…この出費を後悔するのではないか、この先夫婦としてやっていけるのかと不安になりました。

浅田レディースクリニック

生のパートナーに感謝

もともと口数も少ない主人ですが、不妊治療に関しても私の好きなようにさせてくれる人でした。否定も反対もせず協力的に思える反面、打っても響かないというか無関心に思える時もありました。

いよいよ最終ステージの顕微授精まできてしまいました。ここまできてダメだったら、もう子どもは諦めるつもりではいました。でも、こればかりは一人では決められませんでした。

100万単位で治療費がかかること、共働きとはいえ結果が出るまで治療を続けることはこの先の生活にも影響がでます。結果がでなかったとき、私たち夫婦は子どもがいない人生を選択できるのか…とにかく、不安だらけでした。

私が原因で子どもができないという後ろめたさもあり、私から「顕微授精をやりたい。」とは言えませんでした。
どんなことを話したかは覚えていませんが泣きながら自分の思いを伝えた時、主人は「まだやっていない治療があるなら、諦めるのは早いんじゃない。やればいいじゃん。」と言ってくれました。

初めての妊娠判定によろこんでいた私とは反対に、意外と冷静な態度だった主人。そのよろこびもつかの間流産してしまった時も、私を責めることもなくそっとしておいてくれました。

私の前では「子どもがほしい!」というようなことも口にはしませんでした。

不妊治療もステップアップしながらも2年3年と月日が流れ、私はかなり疲れてきていました。そんな時、主人の方が前向きに不妊治療を考えていてくれたのが助けになりました。気持ちがすれ違っていたように思えていたことも、私に余計なプレッシャーを与えないように気遣っていてくれたのかな…と思えるようになりました。

この人となら不妊治療で結果が出なかったとしても、この先も一緒にいられるかもしれない。お互い後悔しないためにも、もう少しがんばってみようと顕微授精にチャレンジすることを決めました。

細胞から成長を見守るという不思議な体験

まずはクロミフェン採卵をして胚盤胞凍結保存をするのですが、採卵できた数全てが胚盤胞になるとは限らないので、先生の判断で2~3回と繰り返すことになります。となると、胚盤胞凍結保存するだけで2カ月3ヶ月が過ぎてしまいました。

必要数の胚盤胞凍結保存できたら、次の周期は凍結胚融解胚移植です。全ての胚を融解し、細胞分裂の状態がいい胚を1個子宮に戻します。こちらも成長過程によっては、胚移植できないことも考えられます。

そうなると、またクロミフェン採卵からやり直すことになります。
80万近く費用がかかっても、とにかくやってみないとわからないのです。

採卵前にエコーで見ていた丸い卵子が受精卵になり、移植前にはどの胚を子宮に戻すかコーディネーターの方とモニターを見ながら決めました。初期胚は、均等に分割しているかフラグメントは少ないかなどでグレード評価されます。

私の初期胚は、分割していましたが小さな泡が見られるグレード3でした。誰に似たのか、がんばって細胞分裂したできそこない初期胚も愛おしく思えました。

このポコポコした泡の丸いものを私の子宮に戻し、着床すれば赤ちゃんになるというのですから不思議な体験です。

移植後は、着床を助けるためエストラーナテープを処方されました。女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)の成分の一つであるエストラジオ―ルが主成分です。

エストラーナテープを貼ることで、子宮内膜が厚くなり受精卵が着床しやすい子宮環境へと整える効果があるようです。指示された枚数を支持された日に張り替えていくのですが、知らないうちに剥がれていたりするともうドキドキでした。

初めての胚移植で妊娠判定がでたので大感激でしたが、流産経験があるだけに夫婦そろって冷静に「まだまだ…」と慎重に考えていました。今回は、胎嚢まで確認できたので一安心と思っていたのですが、子宮内で着床が確認できず子宮外妊娠の疑いで紹介状をもらった病院に緊急入院。搔爬術を受けました。

見た目はイマイチだった私の初期胚。私の子宮でがんばって成長してくれていると思っていたのに、うまく着床できなかったなんて。私がエストラーナテープを、しっかり貼っていなかったからかも…と、いろいろと考えてしまいました。

子宮外妊娠とはいえ、まだ成長し続けているのを搔き出してしまわなければいけないという罪悪感。数週間前に、モニターで見た細胞の成長を自分が止めてしまったと思うと、なんともやるせない気持ちでした。

不妊治療をはじめて、育ちが悪かった卵子が育つようになり、受精卵になることができました。あとは、着床が継続すれば妊娠できる。
不妊治療も3年目。かなり遠回りしてきたように思いますが、私たち夫婦にも赤ちゃんができるかもしれないと、もう一度チャレンジすることにしました。

時間と心の余裕がほしかった

一週間ほど仕事を休み仕事復帰したものの、心ここにあらずの状態が続きました。身体と心が落ち着くまでと、治療も2カ月はお休みするつもりでした。

がんばって細胞分裂してくれた胚を、私が守ってあげられなかったという思い。仕事をしていても、涙が出てきてしまうほど心も疲れていました。もうすぐ35歳。私の卵子はまだ残っているかもしれないけれど、加齢のリスクは避けられません。この先、2度3度と顕微授精にチャレンジするだけの経済的余裕もありません。

仕事を辞めて、不妊治療に専念することを決めました。高額な治療費のためにも、正社員で収入を得ることも考えていましたが、治療周期に合わせて仕事を続けることにも限界を感じていました。

仕事を辞めたら、3ヶ月で5キロも太ってしまいました。(笑)

2度目のチャレンジは、大成功!

仕事を辞めて時間にも心にも余裕ができたからか、2度目のチャレンジは気が楽に感じました。注射や採血、採卵時の麻酔も確かに痛いですが、子宮外妊娠で私の赤ちゃんを私が守ってあげられなかったことを思えば耐えられました。

2度目の肺移植のグレードも3だったと思います。質の良い受精卵は着床率も高くなりますが、蛙の子は蛙といいますかできそこないなりにがんばれ~!と応援したくなる、胚移植でした。

前回のような失敗はしたくないと、移植後のエストラーナテープの貼り替えと飲み薬は忘れないようかなり気をつけました。妊娠中も大きく体調を崩すことなく、36歳で第一子となる長女を出産しました。

はじめから顕微授精を選択すれば、もっと早く子どもを授かっていたのかもしれませんが、私にとっては5年間の不妊治療を通じていろいろな事を考えさせられました。なによりも、パートナーである主人に感謝しています。

私は、この人とだったから不妊治療を続けることができ、二人目も顕微授精で授かることができました。長女は7歳、次女は4歳になりました。子育てしながら、あのグレード3の細胞たちがここまで成長したのかと時どき思い出しています。

セックスレスの夫婦が妊娠した日記

妊娠した私の状況

私の年齢は29歳で身長は163センチ、体重は46キロのわりと細めの体形だと思います。もともと私はとにかくストレスに弱く、ちょっと嫌なことがあったりすると一日中そのことを考えたりするタイプで、そのたびに食欲が減って痩せたり、生理も遅れるということが多々ありました。

妊活を始めた年は30日周期とかなり安定していましたが、それまでは生理周期が45日や80日なんて時がほとんどでした。ただ、それは妊活開始時の体重が過去一番重く、安定しない生理周期だったときは同じ163センチの身長で42キロでしたのでそういったところも理由かなと自分では思っています。

私の妊活期間

私は結婚2年目ですが、旦那さんと基本的にセックスレスで、普段旦那さんから誘われることは一切なく私がそういう気持ちになったときは何日間か言い続けて旦那さんが体調に余裕のできたときにようやく行為をしてもらえます。

旦那さんは普段あまり休みがなく夜も遅くまで働いているので、「やりたくないわけではない」とは言いますが一切誘われません。

なのでまずは子作りの為に旦那さんに女性の体には周期があることや、排卵日の話など、なるべく子作りの知識を伝えて一緒に頑張ろうという雰囲気を作っていきました。

妊娠のために行ったこと

子作りを開始してからは私が排卵日の予測を旦那さんに伝え、そこに合わせて行為をするといった流れが出来あがってきました。旦那さんも子供を欲しがっていたので排卵日の予測を伝えるとなるべく協力してくれました。

子作りのタイミング

子作りを開始してから私は4周期目で妊娠することができましたが、実はそれまでの3周期のうち2周期は自分の予測が全く外れていて排卵日とは関係のない日に子作りをしていました。

毎回リセットを迎えるだけでもかなり悲しかったですが月に一度しかないタイミングを2周期も逃してしまっていたと知ったときはかなり後悔しました。

それと同時にリセットしたのは自分の体のせいではなく排卵日を間違えていたからだと前向きに考えました。

排卵日を間違えないために

それから私が排卵日をなるべく逃さないように始めたことを紹介しようと思います。

1つめは排卵日検査薬。
排卵日の予測ができるようになっており、尿をかけて線の濃淡で判断するタイプなどいろいろ種類がありますが、私はこちらの尿をかけて前日より線が増えたかどうかで判断できるタイプを使用していました。

私が使用していた排卵日検査薬
出産経験のある姉に相談すると排卵日検査薬を使ってみたら?と言われました。それまで排卵日検査薬という存在を知らなかったので目からうろこでした。

2つめはプチアイビスという商品。
排卵日検査薬は値段が結構するのでもっと安く排卵日が予測できるものはないのかなと探して見つけたもの。レンズに自分の唾液を塗り排卵日が近づくとシダ模様が現れます。一日に何回でも検査できます。

3つめは産婦人科に行って、だいたいあと何日くらいで排卵日が来そうか教えてもらうという方法です。

以上のように、いろいろやっていたので妊娠が発覚した最後の排卵日は間違いなくこの日だろうというのがありました。その時は排卵予定日の1日前に日付が変わってすぐ1回と排卵予定日の一日後に日付が変わってすぐ1回ずつ行為をしました。

たった一回よりも回数は多いほうが確立は上がるよ!と説得した周期の時でした。

私が妊娠したときの初期症状

生理前はだいたい子宮がずーんと重たくなってそろそろ生理が来るなというのが分かるのですが、妊娠が発覚した時も生理予定日近くになると同じ感覚だったので今回もダメだったのだと思っていました。

ただ、生理は来ないまま予定日から2日目の夜、ご飯を食べていたら急に吐き気がしたのです。その時はまさか妊娠しているとは思わず、結構な気持ち悪さだったので早く寝ました。

そして次の日もしかしてと思い妊娠検査薬を使用したところ、陽性反応が出たのです。その他にも生理予定日の2日前にトイレに行った時にペーパーに危うく見落とすレベルで本当にうっすらと茶色のおりもののようなものが1回だけついたことがありました。

妊活を始めてからは少しでも今までと違う体の症状がでればすぐにネットで「妊娠 初期症状 ○○」とか調べていました。その際に葉酸という成分を妊娠が分かる前から摂取するのがよいという記事を見かけて葉酸サプリを摂取し始めました。

葉酸について

その他には生理日・排卵日予測アプリ(私はラルーンというアプリ)をダウンロードしていました。毎朝の基礎体温やその日の体調を簡単に記録することができ、同じ妊娠の悩みを抱えるひとの掲示板もありましたのでかなり使えました。

少しでもこの記事が妊娠を希望している方の参考になれば嬉しいです。

妊娠するまでに行ったこと

私はまず2015年の夏ころより、妊活をスタートしました。30代前半ということもありすぐできるかなという感覚で始めましたがなかなか普通にはできないものなんだなと痛感したのを覚えています。

ただ不妊治療のステップにすぐ進むより、費用負担を極力抑えてできる方法をネットで検索の日々でした。今は無事妊娠することができたので、それまでに行ったいくつかをお伝えしたいと思います。どちらかというと基礎的な、体温などは省略します。

海外製の排卵検査薬、および妊娠検査薬を購入

ひと月の中でも、排卵の時期は決まっています。基礎体温をつけているのみだと温度がガクッと下がる時期とか、その前とか諸説あるため排卵検査薬はマストです。実際私は、無事妊娠した友人から少し残りをもらったのがきっかけでした。私が購入していたのはこうのとり検査薬.netというサイトでwondfoトイ中国製のものを使用していました。なんと1本単価50円ほど。

排卵検査薬をやるタイミングは生理が終わって数日後から、早めに何度かやっていったほうが安心でした。そうなってくると、日本製は2本で千円ほどするのでなかなか毎日使うにはコストがかかってしまうので、この海外製のものは私にはありがたかったです。

もちろん日本製のものと比べると作りは質素なものですが、排卵が近いと色が濃くなっていくのと、何回も検査薬を使えるので、正確な時間もわかりました。あとさらに良いことに、このサイトでは自分ではよくわからない場合、写真を送って見てもらうと何日後が排卵か教えてくれる先生とのやりとりもできます。

ここでは妊娠検査薬も購入できるので、生理予定日に早めにチェックできるのもいい点でした。
病院でタイミング法で毎回受診している方も多くいらっしゃると思います。私も何度か行きました。ただ待ち時間も長く、費用も1回三千円ほどはかかってしまうので、まずはこの方法で試してみていただければと思います。

比較的ネットで検索しても海外製のものを使っている方は多く、安心して使っていいものだと思います。

相互の検査

ブライダルチェックというものがありますが、私は結婚前にそれをしてなかった反省がありました。上記の方法でも1年以上できなかったので、検査をしてみようと思い立った時にニュースで精子を郵送で調べてくれるサービスを知りました。

私が利用したサービスはOESという精子検査のサービスです。病院で調べてもらうのみ抵抗がある旦那様はとってもオススメです。

きちんと臨床検査技師の方が速達で送ったものをその場でチェック、すぐに結果をメールしてくれるというサービスでした。結果も早く、平均に対してどれだけの活動値、量など細かくデータ化されていました。これはかなり安心材料にもなったサービスの一つで、値段も1回三千円という安さでした。

私個人はというと不妊治療専門の病院に行くのは待ち時間などすごく憂鬱な気分になってしまうので、街の婦人科に、卵管造影検査をしたいと相談に行きました。主人に問題がなさそうだとなると私に問題があるのではと思い、一番いい検査を調べた時にこの検査は、卵管の通りを見るだけではなく、検査後は約半年妊娠しやすくなるというデータもありました。

これに関しては費用は一万円。卵管がかなりつまっている場合だと痛みをかなり感じる方もいるものになるそうですが、私自身は痛いとは感じたものの生理痛の重い痛みをさらに重くした程度で耐えられないというほどではありませんでした。

私たちはこの検査をしたその月のタイミングで初めて2年半越しに妊娠することができました。なのでこれから妊活に入る方には先にこの検査をするとオススメです。

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